十二話:儀式

 体育館。

汗臭いような独特の臭いのする体育教官室。

 ガラス張りの窓から校庭が一望できる場所。


「反町さん……あれ……」


「なんだ?」


 窓から外を覗いていた男子生徒が、大柄な男に声を掛ける。

その大柄な男もまた生徒であるが、その体躯は相撲取りクラス。 

 短ランにボンタン。 坊主頭の男は東雲東高校野球部主将『反町 つとむ』。


「何してやがる?」


「なんですかね……?」


 二階にある体育館から見下ろした校庭。

 全体朝礼や体育の授業はもちろん、放課後は運動部たちが汗を流すその場所で。

 魚頭たちが集まり、校舎から運び出した机や椅子を並べていた。

 無造作に、あるいは魚頭たちの美的感覚にのっとってか、積み上げられる机と椅子。 海などで見られる防波堤、そこに住む魚のように中へと入る魚頭たち。


「居座るつもりか……」


「あっ、あれっ……!」


「うわ……」


 校舎があるにも関わらず外に陣を敷く魚頭たち。

そして奴らは捕らえた生徒たちを運び出していた。


「――っ!?」


 絶句。

 捕らえた生徒の一人を机の上で押さえつけ、――引き裂いた。


 激しく飛び散る鮮血。

生きているのか、のたうち回る生徒を無視して魚頭たちが臓腑を抉る。

 取り出した心臓を天に掲げる魚頭。


「うぇっぁっ……ぅえええ」


 その光景を置いてあった双眼鏡で見ていた生徒が吐いた。

他の者も目を背け顔を青くする。


 一人、反町のみが顔を赤くした。


「クソがっ……」


 それは古代の儀式のような。

 神に供物を捧げる信奉者。 魚頭たちは沸き踊る。


「ああ……」


 彼らの儀式は蛮行と変わらない。

捕らえられた者たちは悲惨な末路を。 筆舌し難い行いが校庭で行われ始めた。


 反町は拳を強く握りしめた。


「行くぞ」


「っ……」


 体育館にある物。 選び出した武器になりそうな物。

そのうちの一つ。 バドミントン用の支柱を、反町は手に取った。

 若干錆びついたスチール製。 それはバットよりも長い。


「……」


 反町以外に武器を取る者がいない。


「行くぞ……」


「無理ですよ……」


「警察が来るの待ちましょう!?」


「そうだぞ、反町! それにお前が行ったら、誰が私たちを守るんだ!!」


 クソ教師。

 先ほどまでドアを叩く魚頭たちに怯えて、隅で震えていた数学教師が吠える。


「好きにしろ」


 助けに行く。

一度は捨てた選択肢。 けれどそれは彼の中でいつまでも残っていた。

 そして、許せない行為だった。 彼の中で魚頭の行っている行為は、見てしまえば到底許容できる行いではなかった。


「俺は、助けに行くぞ」


 自分に言い聞かせるように。

 反町は体育館を出ていく。



◇◆◇



 鋭い踏み込み。


「ハァッ!!」


「キコォーー!?」


 九条の竹刀が魚頭の脳天を打ち抜く。

それは少し前までの彼女の打ち込みよりも、明らかに威力が増していた。

剣技の上達というよりも、体のキレが違った。


「気を付けないと……また折っちゃうかな?」


「うーん、どうにかしないとだね!」


 モデルもかくや、美しき剣道少女はパワーアップした体の感覚に戸惑う。


「ふふ、凄い効果……」


 慎之介の発見により、九条はメニューからスキルを一つ購入した。

 それは【身体強化Lv.1】。 【剣術Lv.1】も同等の交換ポイントで購入できたのだが、彼女は購入はしなかった。 彼女なりのこだわりか。 それでも僅かに出力の上がった身体能力に手応えを感じているようだった。


「あ、頬に……」


「ん、平気だよ」


「ダメだよ! 傷になったら大変!!」


 慎之介もまたスキルを一つ購入している。

 九条の仕留め損なった魚頭にとどめを刺し、僅かに獲得した魂魄ポイントを使い【手当Lv.1】を購入した。 槍関連のスキルを覗くも、必要な魂魄ポイントが桁違いに多かった。 九条の【剣術Lv.1】と比べても十倍ほど必要だったのだ。 慎之介はショックを受けつつも表情には出さず、回復系として【手当Lv.1】で妥協した。


「ん……」


 九条の頬に手を当てる慎之介。

 自然と至近距離で見つめ合う二人。 慎之介は顔を大きく赤く染め明後日の方を向き、九条も僅かに頬を染めるが手当をされているので顔は動かせない。 九条は仕方なく、照れて湯気が出そうなクラスメイトの可愛い男の子の横顔を見つめていた。


 淡い暖かな光が慎之介の手から発せられている。

手当の効果で徐々に添えた手から傷がふさがっていった。


「はいっ、治ったよ!」


「ありがと」


「どーいたしまして!」


 慎之介は無邪気に微笑んだ。

少しでも役に立てて嬉しいのだろう。



 九条たちは二階の魚頭を掃討していた。

教師のいる職員室には寄らず、西校舎側に移動して。

三組と四組の間にある西と東を繋ぐ通路を通り、各クラスを覗く。


 魚頭の数も少ないが、生存者も少ない。 慎之介の手当ではどうしようもない重傷を負った生徒が床に転がっていた。


「ヒュー……ヒュー……」


「ごめんね……」


「……」


 泣きながら手を握った慎之介。

淡い暖かな光が、生徒が息を引き取るまでその包んだ手から発せられていた……。


 


「誰か戦ってる」


「え? 助けないと!」


 二階を見て回り、一階への階段を下りていくと九条が気づいた。

 ちなみに三階は見に行かなかった。 あの気味の悪い笑い声に、九条が嫌な予感を感じたためだ。 


 西校舎一階玄関。

 いくつもの下駄箱が置かれ、その先には少しの開けた場所がある。

掲示板が置かれ、各部活やサークルの活動報告など、様々なチラシが貼られている場所。


 そこで一人の男が戦っていた。


「そらぁああああ!!」


「「「キコッ!?」」」


 鉄の棒を振り回し、詰め寄る魚頭たちをまとめてなぎ倒す。


「うわぁ!?」


 近寄った慎之介に鉄の棒が突き出される。


「おっと……悪いな、間違えた」


 慎之介は九条に襟を掴まれ後ろに倒されていた。

そうでなければ、その可愛い顔を鉄の棒で血に染められていただろう。


 間違えたで済まそうとする男を見上げ、ガクガクと震える慎之介。


「大丈夫か?」


 そんな彼を見下ろす巨漢の男――反町は、太く大きな腕を差し出すのだった。



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