九話:棘つき魚頭

 落ち着け。


「ふっ!」


「キコッ!?」


 少し種類の違う棘つき魚頭の咆哮に一瞬竦んだが、祖父ジェイソンの喝に比べれば大したことは無い。

 迫りくる魚頭たちも、机ランスで近づかせない。


「はあっ!」


「キォッ……」


 突く。 突く。 突くっ!


 ここに来て俺の机ランスの熟練度がうなぎ登りだ。

非常に持ちづらい武器であるが、やはり射程の長さを利用した突きは強力。

角を正確に魚頭の眉間に当てれば、ノッキングもできるはず。


「――っ!?」


 マズイっ!


「キコッ!」


「ぐッッ!?」


 骨が飛んできた。

 骨の矛。

 後方で戦闘を見ていた棘つきの魚頭が、骨矛を槍投げの如く振りかぶり放つ。 

 鋭い遠投。

咄嗟に長机でガードするが、大きく音を立て机を貫通し腹に刺さる。


「痛っあ、ぐっ!」


 魚頭たちの爪が服を切り裂き鮮血を上げる。


「!」


 棘を抜いた。

 魚頭の攻撃を回避しつつも、やはり棘つきが気になる。

その棘つきは自身の肩にある棘を掴むと、おもむろに引き抜いたのだ。


「くそっ!」


 腹に刺さった骨矛を掴みつつ、それが奴の棘だということに気づいた。


 二投目。


「痛ッ!」


 太ももをかすめる。

かすめた骨矛が廊下に突き刺さった。


「はぁっ……、くっ、くくっ、くはっはは!!」


 痛い。

痛みを和らげるように、俺の脳は何かを分泌する。 痛みの代わりに、抗えないほどの高揚感が湧きあがってくる。


 俺は笑う。


 痛みはトリガー。


【笑いオーガ】のトリガー。



「ははっ!!」


「ギコォ!?」


 骨矛は抜かないほうがいいな。

抜いたら血がいっぱいでるだろうし。

 あぁ、これヤバくない? 倒しても、出血多量で死ぬかも?


「はぁっ、はははっ!!」


 長机を半分に割り、尖った先端で魚頭たちを突き殺す。

魚頭たちが煙を上げ消えていく中、俺は少し昔のことを思い出していた。



 俺が初めて人を殴ったときのことだ。

 祖父の特訓が嫌で、引きこもりから学校に復帰しても、やっぱりイジメっ子やアホな先輩方のいびりは続いた。 俺はやり返さなかった。 祖父の特訓に比べれば大したことが無かったというのもあるが、単純に怖かったんだろう。


『死ねよ』


 話したことも、名前すら知らない先輩に、そう言われてナイフを刺された。

 もちろん、本気で殺すつもりはなかったと思う。

 殴っても蹴っても、薄ら笑いを浮かべる俺をどうにか泣かせたかった。 そんなクソみたいな理由で俺の腹を刺したのだ。 小さいナイフ。 俺のワイシャツに刺さったソレは、白いワイシャツを僅かに赤く染めた。  


 痛み。


 赤と痛みが、俺の中の殻を破った。


『ヒッ!?』


 そう驚いた先輩の顔には、次の瞬間、俺の拳がめり込んでいた。


『……はは。 ははっ、はははあっ!!』


 その後は少々やりすぎてしまったが、陰から動画撮影していた祖父のおかげで誰も訴えることは無かった。


『戦え、神駆。 叩きのめせ』


 サムズアップする祖父はいい笑顔で笑っていた。




「キコォ……」


「ふん!」


 三投目の骨矛を叩き落とす。


「弾切れか?」


「キコッ……!」


 両肩の棘は無くなった。 しかし小さく盛り上がってはきている。 充填には少し時間がかかるようだな。


「……死ね」


「キコォオオ!?」


 突っ込んできた棘無し魚頭を叩き殺す。


「ゲッ……」


 腹の骨矛が、煙を上げて消えていく魚頭と同じく消え始めた。

 マズイ。


>>魂魄獲得 4ポイント


 消えた。


「……ぐっ」


 脳内麻薬切れか。 痛みも戻ってきた。

俺は腹を押さえ、壁に背中を預けて座り込んだ。


 これ、ヤバい。

空いた腹の穴から血がドバドバと……。


 すぐにどうにかしないと、出血多量で死ぬ!


 保健室に行くか? それとも焼却止血!?

祖父が死にたくなるほど痛いぞ、と言っていたのでやりたくない。

でも、死にたくないし……。


「鬼頭! 大丈夫っ!?」


 これが大丈夫に見えるかね?

あとデカイ声を出すなよ……。 また奴らが来るだろうが。


「とりあえず、中に入れよ」


「そうね!」


 あ、友人B。

 背の低い小学生みたいな女子生徒。 木実ちゃんに変なことを吹き込んでいる元凶。 生きていたのか……。 ならば後でお仕置きをしないと。


 眠たげな瞳を向けるソイツと体育会系ガールに支えられ、俺は女子更衣室に一旦隠れることに。


 

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