六話:おっぱい契約

 鬼頭神駆は誤解が解けない。


「……」


「趣味は人それぞれだよねっ? うんうん、……良いと思うよ!」


「……」


 励ましてくれる木実ちゃんには悪いが、絶対良くないと思う。

女物のパンティをしのばせる男子高校生なんて最悪だろう……。


 ふぅ……。 とりあえず、この誤解は後でどうにかしよう。


 視聴覚室を見渡すが、使えそうなものは何もないな。

 バッグの中には弁当とウーロン茶とアメ……だけ。 教科書はもう机に入れてた。 体操着は木実ちゃんに貸して、タオルは……。 木実ちゃんが体を拭いたタオルも後で回収しよう。 俺のタオルだし。


「何してるの?」


「……ん」


 分解。

長机を逆にし、キャスターを外していく。 下に引っ張ればとれるタイプだったので楽だ。

 バッグに入れて投擲武器として使う。 外した長机は武器として、槍として使えるだろう。 机ランスだ。 ドアを塞ぐバリケードとしても使えるな。


 魚頭の爪は人を簡単に切り裂くほどには鋭かった。

クラスメイトの血飛沫が舞う光景。 あれを避けるためには長い得物が必要だ。


「ふん! ふん! ふッ!」


 突く、振り上げ振り下ろし、そして蹴りとのコンビネーションを確認する。

荒ぶる筋肉。 体の調子も確認。 大丈夫、問題ないなと、長机を降ろす。

 体には特に変化はなさそうだな。 


「これから……どうするの? 鬼頭君」

 

 俺の様子を見ていた木実ちゃん。

真剣な表情で尋ねてくる。 いつものほわっとした笑みは消え、キュッと結ぶ口元、上目遣いに俺を見つめてくる。


(久しぶりだな……)


 家族以外でこんなに目を合わせたのは。


 イジメられていた時は俺のほうから目を背けた。

 誰も助けてくれない、誰も目を合わせようとしない。

脱イジメを果たした後も、少々やりすぎたせいか、誰も目を合わせてくれない。


 顔が怖いのもあるけど。


「……助けて、ほしい」


「……」


 そんな俺の顔を、瞬きもせず目をそらすことなく見つめる木実ちゃんは、願いを口にする。


「みんなを、助けてほしいの!」


 両手を合わせ祈るように。

 彼女は願いを口にした。

その光景はまるで悪魔と契約する聖女のようだったろう。


 それほどに彼女は真剣で、覚悟を決めた無垢な瞳を向けていた。


「……あの時はお礼も言えなかったけど、今度はちゃんとするから!」


 ん? あの時? さっき魚頭から助けたことかな。


「わ、私の……おっぱいを鬼頭君にあげる!」


「?」


 おっぱいをあげる。 上にあげるという意味だろうか?


「あ、葵ちゃんが、男の子は大きなおっぱいが、みんな大好きなんだって。 鬼頭君もいつも見てるって……」


「……」


 友人Bよ……。 無事生き延びてたらお仕置きだな。


「だからお願いします! みんなを助けてあげて!!」


 みんなを助ける。 つまり、敵を殲滅しろと。

 危険な行為だ。 怪我をするかもしれない、自分が死ぬかもしれない。 敵の数も戦力も分からない。 祖父なら戦わず逃げて、情報を探り機会をうかがえと言うだろう。 少なくとも物語の英雄のように、人々を助けてこいなどとは言わない。


「……」


 俺は天秤に掛ける。

 そもそも、クラスメイトとはろくに喋ったことがない。 というかほぼ皆無。 たった二か月程度の付き合いだ。 ほぼ赤の他人だろう。


 だったら彼女を護りたい。

 こんな俺にも挨拶をしてくれる彼女。 友人たちと楽しそうに会話する彼女の笑顔。 そして、誰にでも分け隔てなく優しい彼女の心。


 彼女――『雪城 木実』の全てを護りたいと、俺は思う。


「……契約成立だ」


「――うんっ!」


 決して、おっぱいに釣られた訳ではない!


 俺はバッグと長机を装備し、魚頭狩りに三階へと戻るのだった。


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