第4話

「――下がりなさい」


 鶴の一声だった。

 全ての刑務官が、一切の疑問を差し挟むことなく命令に従い、武器を下ろす。

 一斉に壁際まで下がり、円陣を組み上げるその姿は、ただただ、美しかった。


 まさかこんな特殊なシチュエーションを想定して訓練を積んだわけではあるまい。

 忠誠心、統率力。

 集団として、極まっていた。


 好機ではあった。

 攻めるも退くも、手を打つ暇がなければどうにもならない。

 砂金の如く貴重な一瞬が手元に転がり込んできた形だ。


 ジョンは、それを使うことなく、投げ捨てた。


「悪いな、さっき、もう顔見せねえっつったばっかりなンだが」


「お気になさらず。

 あなたが口だけの小物なのは分かりきっていたことですから」


「良く分かってるじゃねえか。

 嬉しいぜ」


 跳ねる肩を、隠すことなく。

 上がった息を、ゆうゆうと整え。

 額の汗を、やれやれと拭う。


 職人並みの手際で戦意を消し去ったジョンに、歩み出てきたアンネローゼは眉を潜める。

 ――三の大門に繋がる、最後の回廊。

 広く豪奢な、の玄関口。

 幾人もの兵士が倒れ、白眼を剥く中、なんともはや。


「あなたは、やはり、嘘と欺瞞に満ちている。

 なんですかそれは、白々しいッ!」


「……」


「いつもそうだ!! 

 自分たちで作った地獄に、救い主の皮を被って手を差し伸べて!!!!

 何もかもを捨てて逃げ出したあなたに、今更なにができるというのです!!」


「……」


「答えなさい、ルーロー!!

 大司教!!!!」


 泣くような叫びだった。

 彼女の味わった嘆き苦しみを思えばこそ、ジョン――ルーローにかけられる言葉はなかった。

 言葉は移ろい、景色は歪む。

 悪いのは彼女ではなく、彼女をそう変えた大人達だった。


 ジョンは、思う。

 自分の選択はやはり、間違いだった。

 負うべき責任から、逃げ出したのだ。

 どうしてやることもできない自分の無能に失望し続けるだけの毎日に耐えきれなくなった、なんて、言い訳にもなりはしない。


「もう、10年になる。

 あの頃を知らない世代が、次々、次々、生まれてきてる」


「――!!

 だから忘れろ、水に流せと!? 

 そんなこと、できるはずがないでしょう!!

 これはっ、私と、あなたの問題だ!!!!」


「そいつらが理不尽に晒されることがないように。

 ……それが、俺たちの願いだった」


 ジョンは語る。

 彼らが掲げた、一つの旗。

 過去形になったのはルーローがその手を離したから。

 ――掲げられた象徴は、今も色鮮やかにはためいている。


「どの口で……!!

 あなたは捨てた、投げ出した!!」


 彼の述懐は、アンネローゼからしてみれば、どこまで行っても恥知らずの戯言だった。

 ――敬愛する王は、最後の最後まで、臣下の力不足を責めなかった。

 ――いつも、自らの器量のなさを嘆いていた。

 ――最後に頼ったのは、いなくなった、かつての戦友だった。


 その男が、見ようによっては、いなくなった時以上に情けない風体を晒している。

 激怒する彼女の思いも、ジョンには痛いほど分かっていた。


 体は衰え、技も鈍った。

 心も、我が儘な感情に流され、目的への障害に手心を加えてしまうほどに、軽々しい。

 何が変わったのか。

 何ができるようになったのか。


 能力という面においては、ずっと、ずっと、弱くなった。


 ――ルーローは、24歳という空前絶後の若さでありながら、腐敗しきった教会の次席、大司教にまで上り詰めた。

 聖職者として清廉であったわけではない。

 むしろ、逆だ。

 ご多分に漏れず、あるべき姿、目指すべき形から離れるほどに、ルーローの名声と地位は高まっていった。


 ルーローは、教会の暗部を一手に担う男だったのだ。

 圧倒的能力を持つからこそ恐れられ、同時に、重用された。

 どう処理しても後を濁すようになるまで食い込んだその両腕は、赤く、黒く、染まっている。


「ああ。

 ずっと……、とっくに、分かってたんだ。

 一人じゃ、無理だった。

 オレたちだけでも、無理だった。

 手を結んで、ようやく、倒したんだ」


「何を――」


「――革命はまだ、終わってない」


 その一言は、アンネローゼに訴えかけるというより、自分に言い聞かせるものだった。

 あの時は終わっていなかった。

 いまもまだ続いている。

 けれど、ルーローだったかつてのジョンは、終わったのだと投げ出した。


 それこそが、彼最大の失策だった。


「オレだけでも、おまえだけでも、王様だけでも、届かなかった」


 ジョンは言う。

 何も終わってなどいなかった。

 巨悪を打ち倒したのだと言い張って、最も強大な、最大の障害たる敵の前から逃げ出した。


 どだい、無理な話だったのだ。

 戦力を欠いて、結束を欠いて、ありし日よりも強い敵に挑むなど。


「なあ、アンネ、頼むよ、嫌だろうけどさ」


 間に合うだろうか。

 立て直せるだろうか。

 もはや終わりの足音は扉の前まで迫っているのに。


 ジョンは笑う。

 そんなの、決まってる。

 自分たちだけじゃあ、不可能だ。


 だから。 


「情けないオレ達を、助けてくれ」








◇◆◇








 ジョンが右手を伸ばした、そのときだった。


 ズン……と。

 低く、鈍く、三の大扉が叩かれる。


「なンだぁ!?」


 一度ではすまない。

 二度、三度と、鳴り響く。

 鐘を打つような、その音は――


「……もう、遅いんです。

 遅すぎたんです」


 アンネローゼは、水を落とすように、囁いた。


「彼らは、止まらない」


 そして、扉が打ち破られた。

 破城槌と共に突き進んでくるは、周囲の惨状に目もくれることなく名乗りを上げる。








◇◆◇








「――我らこそが革命軍だ!!

 助けに来たぞ、同胞達!!!!」








◆◆◆







読了いただき、ありがとうございました。

本作『Not Yet But』は『ツクール×カクヨム ゲーム原案小説オーディション2022』への応募作となりますので、応募要項の都合上、ここで完結とさせて頂きます。

もしお時間ありましたら、感想など頂けると嬉しいです。

それでは、また。

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Not Yet But コノワタ @karasumi5656

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