第3話

「完っ全に狩り殺しに来てやがる……アンネのヤツめ、やりゃあできるじゃねえか」


 現在地を絞られてからというもの、ジョンの行動はおおいに制限されることとなった。

 広い監獄もどき、少ない人員、されど看守室からの移動経路もまた多くはない。

 袋の口を絞るようにして、安全地帯はじりじりと削り取られていった。

 強行突破を図ろうにも、時間稼ぎと周囲への伝達に専念されては敵わない。

 せっかく盗んだ鍵束も無用の長物と化していた。


「どうすっかなー……」


 思案するように囁くが、実のところ、ジョンの中でやるべき行動は決まっていた。

 成功率の低い、作戦未満の博打でしかないから躊躇っているだけで。

 しかし、それが最も勝算を見込めるルートであることも確かだった。


 ――即ち、唯一の出入り口となる大門への突撃だ。


 先にも述べたが、この監獄は三重構造だ。

 一つの大門を越えたとしても、先にはまだ二つ残っている。

 補給のない状況で先の見えない闘争に身を投じては、早晩倒れ、死ぬだろう。


 とはいえ、ルーローだったジョンにはコネがある。

 残る二人の看守長とも浅からぬ仲であり、言ってしまえばアンネローゼなどよりよほど友好的な関係にあった。

 状況を伝え、言葉を尽くして説得すれば協力を得られる公算は高い。

 そうなってしまえば、ひとまず命の危機から脱することもできるだろう。


「ホントなら上手いこと抜け出しての手ぇ借りたかったンだが……、初手で扉目指すか、もうちょっと痛めつけ……あー……うーん……」


 ま、しゃーねー。

 呟くジョンの顔には自虐的な笑みが浮かんでいた。

 恨まれているのは、身から出た錆。

 それは、それとして。

 今の彼には、アンネを本気で傷つけることができなくなっていた。

 礫を投げつけはしたけれど、それもまた、それはそれ、だ。


「つーかあいつらも騒ぎ起きてるんだから自力で脱走して助けてくれよ。

 上司のピンチだぞ……元だけど。

 ……元だからか。

 あいつらからしても、裏切り者だよなぁ……はぁ」


 時折、思う。

 別の道があったのではないか、と。


 ルーローとして、20と少しを生きてきた。

 神の僕として生きてきた。


 ――10を数える頃、疑心を抱いた。

 ――15で疑心は確信へと至り、それからの10年を生きる核となった。

 ――20で司教となり、王と出会い、友誼を深め、同志となった。

 ――25で目的を果たし、後事を託してルーローは死んだ。


 後に残ったのは、田舎で商店を営むジョンという男だけ。


 政からは完全に手を引いていた。

 ルーローという男が生きて影響力を発揮しても、付け入る隙になるだけだと思っていた。

 囚われとなることを選んだ彼らのような信仰は、とっくのとうに枯れ果てていた。

 茨を覚悟で進んだとしても、彼らの旗頭となることは避けられない。

 信仰持たぬ身でありながら信徒達を導く身分に収まるなど、まるで、かつての大司教らのようではないか。


 あんな大人にはなりたくない。

 それが、少年ルーローが最初に抱いた反骨心であったにも関わらず。


 ――けれど、選択の結果がこの現在であるのなら。

 己の些細な苦しみなど脇に捨て、託した重荷を共に背負うだけの勇気を持てていれば。

 すこしはマシな今があったのではないか――


「馬鹿がよ」


 ありったけの念を込めて、ジョンは自身の背骨に杭を打つ。

 過去は過去、今は、今だ。

 あのときの自分には、任せると誤魔化し託すと飾り、逃げ出すことしかできなかった。

 ジョンとして生きた10年弱があったからこそ、また、信じることができるようになった。


 ああ、そうだ。

 だから、ジョンは走るのだ。

 かつての自分の同じ諦念に囚われた友に、明るい未来を示すため。


「行くかぁ――!!」


 向かう先は、三の大門。

 見据える先は、未だ王であり続ける大親友。

 決死行の始まりだった。







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