第4話

電車を降りて学校へ向かうと、校門にはいつも通りジャージ姿の吉村先生が立っていた。こんな状況でもいつものように生徒の服装チェックをしていた。こんな時だからこそいつも通りでいることが大事だと、そう僕たちに伝えたいかのように吉村先生はいつも通りだった。

 教室に入ると、クラスは騒がしかった。例の病気のことで盛り上がっているところもあれば、昨日見たテレビの話の談笑をしているとこともある。登校中とは打って変わって、学校はいつも通りの光景だ。そして、彼らはマスクも何もしていなかった。マスクが効果があるかはさておき、彼らは病気に対して何か行動しようとはしていなかった。

 それには大きな理由がある。今回の病気は20歳以下の人は罹らないのだ。正確に言えば罹った人がまだいない。多くの人が罹るこの状況で20歳以下の人は誰一人として罹っていない。なぜだかは分からないけど、「子供」である僕たちは病気に罹っていないという現実が、僕たちの意識を緩めていた。誰も罹っていないのだから大丈夫だ、という説得力に欠ける理由で、彼らは生活している。今まで罹らなかったからといって、これからも罹らない保証はどこにもないのに。

 僕は母親に言われてマスクだけはつけてきたが、ほかの人は誰もつけていない。なんだか僕だけが変な行動をしているみたいで、少しだけ恥ずかしくなった。そんなことを思っているときに翼が教室に入ってきた。

「おーす」

「おはよう。今日はちょっと元気がないね」

「まあ、ちょっとな」

 なんだか翼はバツが悪そうだ。

「どうしたの?何かあったなら言ってよ。力になれるかもしれない」

「……」

 それでも翼は言おうとしない。

「………放課後、時間あるか?」

 少しの沈黙のあと、翼が力のない声で、下を向きながら言う。

「あるよ」

「放課後、おれの家に来てくれないか?」

 翼はとても悲しい顔をしていた。そのとき僕は最悪の事態を想像したが、慌ててこれをかき消した。それはあまりにも不謹慎で恐ろしかったから。

「わかった」

 僕は覚悟を決めて言った。

「サンキュ。」

 翼はそれだけ言って自分の席へと向かってしまった。遠ざかっていく翼の背中はいつも元気な彼の姿からは想像できないほど弱々しかった。

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