第3話

そんな日々を過ごして一週間が経った。その間も患者は増え続けた。そんなときに、不幸なニュースが流れた。例の病気の患者が増えすぎて病院のベッドの空きがなくなってしまったらしい。寝たきりになってしまうこの病気は、罹ってしまったらずっと病院にいなければならない。そして、治す方法がないからずっとベッドで寝たきりになってしまう。そんな状態で患者が増え続ければ、病院は患者を受け入れられなくなる。かといって、家にずっといさせるわけにもいかない。目が覚めないということは、食事を摂ることができない。点滴を打たないといつか死んでしまう。そして、点滴を打ってくれる場所の空きはもうない。つまり、病気に罹ってしまったら死ぬ可能性が高くなるということだ。ここまで大事になってしまったらもう楽観的にはなれない。僕たちが考えたくなかった最悪の展開になりつつあるのだから。

「…これはさすがにまずいな」

 父さんが危険な状況を察して言う。

「こんな状況なのに仕事行くの?」

 母さんが不安の表情を浮かべて父さんに問いかける。

「いくしかないさ。仕事だからな」

「本当に気を付けてね」

「そうだな。でも何を気をつけるんだ?」

 そう、これが今回の病気の最も厄介なところだ。罹ったら目覚めない、死ぬ可能性すらある、でも何もできない。予防ができないから僕たちは待つことしかできない。自分たちが病気に罹る順番が来るか、それとも誰かが解決策を見つけてくれるのかを。

「わからないけど、あまり人と近くにいない方がいいのかしらね」

「まあ、気を付けるよ。行ってきます」

 そういって父さんは会社へと向かった。僕も少し遅れて家を出た。


 

 学校へ行く道中は今までと少し変わっていた。家の周りで世間話をしていたおばさんたちの姿はなく、電車の中もいつもよりも人が少なかった。そして、電車にいる人たちはみんなマスクを着けていた。病気に罹った人が増えて電車の中が空いているのか、病気を恐れて外出することを控えたのか、またはそのどちらともなのかは分からないがみんなが病気に対して真剣に向き合い、自分たちができることをしているように思える。それが効果があることなのかはともかく、何もしないよりはましだろう。

 一番驚いたのがみんなの目つきだ。いつも見ていた気怠さを感じる目つきとは違って、彼らの目は鋭くなっている。何が、誰が原因かわからない病気のせいで、みんな疑心暗鬼になっているようだ。こっちに来るな、病気を移すな、お前のせいで病気に罹ったら許さない。彼らの目からはそんな意思を感じる。いつも同じ電車に乗っているのに、違う場所にいるような感覚になる。

 私たちでは計り知れないほどの恐怖が素通りできないところまで大きくなってしまったことを、この電車の中は物語っていた。この恐怖がさらに大きくなることを考えると気が狂いそうになる。

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