第2話

 学校へ向かう途中も、周りはいつもと変わらない景色だった。家の周りの住宅街では、おばさんたちが世間話に花をさかせ、電車に乗れば通勤ラッシュ。乗っている人たちの機嫌が悪いのもいつも通りだ。別に彼らは原因不明の病気に嫌気がさしているわけではない。毎日のように電車にもみくちゃにされて会社や学校に行き、やりたくもないことをさせられる日々に機嫌を損ねているだけだろう。目の前に病気の危機が迫っているのに、彼らは気にする素振りを見せずにいつも通り過ごしている。みんな父さんと同じような考えのようだ。パニックになって混乱しているよりかは幾分かましだが、これでいいのだろうか?僕の考えすぎなのだろうか。

 そんな風に、周りの人たちを観察しているうちに学校に着いた。やっぱり、学校もいつも通りだ。校門の前では生活指導兼僕たちのクラスの担任の吉村先生がジャージを着て立っている。服装の乱れた生徒を見つけては注意をしている。毎日よくやるものだと思う。僕たちの服装が少し乱れてたところで何も変わらないのに。この学校の生徒全員が正しい制服の着こなしをしていれば病気の原因がわかるわけでも、特効薬ができるわけでもない、それでも吉村先生は注意をし続ける。

 ルールを守るべきことくらいは分かっている。社会ではルールを守らないと信頼してもらえない、だから学生の今のうちにそれを理解し実行してほしい、そんなことは分かっているさ。けど、今はもっと気を付けるべきことがあるんじゃないかと思う。具体的に何をすればいいかなんてわからないけど、いま優先すべきことが生徒の服装チェックではないと思う。

「よう!慎吾!朝から辛気臭い顔してるな」

 朝から元気に話しかけてきたこいつは友達の翼。小学校のことからの友人で、いつも明るいいいやつなんだが、朝にこのテンションをぶつけてくるのはちょっとだけ鬱陶しい。ほんとに、ちょっとだけ。

「そういう翼は朝からうるさいね」

 つい思っていたことが口に出てしまった。どうやらちょっとではなかったらしい。

「うるさいとは何だよ。元気といってくれたえ。それで、なんでそんなテンション低いんだよ」

「最近話題の病気のことだよ。ニュースで見てるでしょ」

「あーあれか、原因不明で罹ると目覚めないってやつ。それが?」

「それがって、気にはならないの?」

 翼はたいして気になってはいないらしい。確かに原因不明で対策はできないが、罹ってしまったら目覚めないのだ。気にするなという方が無理だろう。だけど翼は他人事のように思っているみたいだ。

「気にならなくはないけどさ、気にして何か変わるのか?原因不明なんだぜ。俺達は待ってるしかないだろ?」

 翼の言っていることは間違ってはいない。ほかの人たちもきっと間違ってはいない。もうすこし経てば薬が作られて、すぐに目も覚ますのだと思っている。これだけいろんな事が発達した世の中なのだから大丈夫だと、みんなそう思っているんだろう。

 僕もそう思いたい。ただ僕は、目の前に現れた恐怖の大きさを勝手に決めつけて、素通りしていいのか分からない。

「翼は強いね」

「お前が心配しすぎなんだよ。ていうか、今日の数学の宿題、やった?」

「やったけど、見せないからね。自分でやりなよ。そんなに難しくなかったよ」

 いつもの他愛のない会話をしながら僕たちは学校へと向かった。


 何事もなく学校は終わった。翼は宿題をやってなくて先生に怒られていたけど。学校も終わり、家に帰った。

「ただいま」

「お帰り慎吾。学校大丈夫だった?」

 母さんは学校のことが心配なようだった。

「大丈夫だったよ。先生も生徒も病気には罹ってなかったよ」

「そう、ならよかった」

 僕がこんなにいろいろ考えてしまうのは母さんのせいなのかもしれない。母さんの心配性が受け継がれているのだろう。父さんのようにもう少し動じない心が欲しかった。それなら翼たちと同じように今も楽しく過ごせていただろうに。

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