棺の中のお姫様 Ⅰ

一生俺を見ていて。

俺はお前の理想には収まれないよ。

俺は真っ暗な棺の中で緩急のないただひたすらに単調な日々を明日も今日も



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物心ついたころから俺はピンク色が大好きだった。

ピンク色の洋服以外を手に取った母親の腕の中で大号泣するくらいにはピンク色が好きだった小さな俺はふりふりの洋服に身を包み母親に手を引かれていた。

通りすがりの高校生や近所のおばさんたちは口を揃えて“可愛らしい娘さんね”と言った。


大きくなってランドセルを見に行った時俺はわくわくした。

中でもひときわ俺の目に輝いて写ったのはピンク色のランドセルだった。そんな俺の様子に気がついたのかわからないが母親はその後たいして見てまわりもせずに店を出ていったのだった。


後日、俺の手元にあったランドセルは私立の校章が刻印された真っ黒なランドセルだった。少なからずがっかりした俺は拗ねて、母親が買ってきてくれた可愛いランドセルカバーなど無いもののようにランドセルの上に座ったりしたのだった。 


違和感を覚えたのは初めて集団生活の世界に投げ込まれた小学生の時だったように思う。

スカートに可愛いリボンの制服を着たいと思った。実際与えられたのは半ズボンにネクタイだった。

黒いランドセルについた可愛いピンク色に白の水玉模様に縁がひらひらしたランドセルカバーは自分と同じように半ズボンを履いた子たちに笑われた。からかいの嘲笑いだった。

人がたくさんいる世界も、協調性を強いられることも何もかも初めてだった俺は耐えきれず、次第に教室にも行かなくなった。

毎日薬や消毒の香りが充満する保健室で、こっそり持ってきた音楽プレイヤーとイヤホンを耳にかけ、毛布を被り音の奏でる世界に身を投げる。そんな壁の隙間をくぐるようにして聞こえてくる休み時間を広くて小さい校庭で満喫する子どもたちの声に、ここは学校という場所なのだと認識させられるのだった。

そして6限目が終わると同時に喧騒から逃げるように帰り、なかった出来事をさもあったかのように母親に楽しそうに話す毎日だった。そんな空っぽな話を聞くたびに母親は俺に笑顔を向けてくれるのだった。


そんな虚像に満ちた生活もすぐに終わってしまった。

静かなカーテンという薄い壁で守られていた世界はいともたやすく崩れてしまうのだと思い知った。


個人面談のときに授業は疎か休み時間も常に保健室にいたことがバレてしまったあの日。帰って来たときの母親の顔を俺は今でも覚えている。裏切りと怒りにつつまれた人間の顔はこんなにも怖いのだ。


こちらに流れてくる手はスローモーションだった。

母親の金切り声は一切耳に入ってこなかった。




俺はこんなにも疎かで、

母親は俺のことは見ていなかった。

思えば可愛らしいランドセルカバーは母なりの愛なのかもしれないと思ったがどうやら近所のおばさんから頂いたものだったらしい。





以来母親は男の子を強要するようになった。あなたは男の子なんだから。男の子なのに。泣きながら金切り声で怒る母の姿を遠い気持ちで眺めながら、好きなブランドの新作のスカートに思いを馳せていた。

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