第14話 最愛の・・・
テレビでよく見かける料理研究家。
お茶の間に笑顔の魔法を届けるレシピを考案。
簡単手間なしアイデア料理を多数紹介。
そんなうたい文句共に、奥様連中のハートをつかんだイケメン料理人。
彼についての印象はその程度だった。
★★★
「えっ!私も呼んで頂けるんですか!?」
普段大人しい舞が、珍しくハイテンションで電話に向かって問い返す。
見ているこちらにもその緊張と喜びが伝わってくるようだ。
高揚した表情はどこか夢見心地で、何度もお礼を口にしてから彼女は電話を切った。
それから、ソファに倒れ込む。
「どうした?」
さっぱり状況が掴めない徹は、傾いた舞のしなやかな体を受け止めて、ついでに抱き寄せながら尋ねた。
さっきまでお菓子作りをしていたせいか、舞からは甘いバニラエッセンスの香りが漂ってくる。
まるで誘われるようだ、と言い訳みたいに考えながら唇を寄せる。
頬へのキスに照れたように顔を赤くして、舞が電話の相手は依然勤めていた料理研究家の先生だと言った。
ベテランの先生で、沢山の生徒を抱えた人気の講師でもあったが、年齢を理由に引退したのが数年前。
それがきっかけで、舞は転職する事になり、おかげで徹と巡り合った。
直接会った事はないが、二人のキューピッドのような存在だと、徹は勝手に思っている。
舞は時候の挨拶を欠かした事は無いし、年に1,2回は先生の元を訪ねるようにしていた。
だが、電話がかかってきたところは見たことがない。
大抵、上品な絵葉書で近況報告が届いていた。
「先生が電話してくるなんて珍しいな」
「そうなの。オーブンやレンジの使い方は分かるけど、電子機器はさっぱり苦手って仰ってたから。でも、どうしてもすぐに連絡しなきゃって、慣れない携帯で連絡下さったの」
「そんな重大事件が?」
「大事件、すっごい大事件なの!夏川樹先生が、明日尋ねて来るって!」
「・・・冬川樹?」
聞きなれない名前に徹が怪訝な顔になる。
「今すっごく人気の料理研究家!ほら、夕方のニュースの、夕飯アレンジのコーナーの・・・あ、徹見た事ないか・・・えっと・・・」
必死にどんな人物か伝えようとした舞が、ぐるっと視線を巡らせた。
テーブルの上に置いてあった情報誌を開いて、パラパラと頁を捲る。
「この雑誌でも、毎回コーナーを担当してて、さっき焼いたパウンドケーキも、夏川先生のレシピなんだけど・・・」
舞の手がとあるページで止まった。
「これ!この人!!」
指さす先には、白いシャツに黒のカフェエプロンをさらりと着こなしたイケメンの姿。
キャッチコピーは”奥様の視線独占、イケメンレシピ”の文字。
さわやかなで笑顔で自信のレシピ本をアピールする人物を一瞥して、徹は冷めた目で言った。
「へー・・・」
「あ、全然興味ないって顔」
「俺が興味あったら困るだろ」
呆れた様に言い返す。
男がイケメンに興味を持っていたらそっちの方が問題だ。
「最近のお夕飯のメニューは夏川先生のレシピが多いの。下準備も少なめで、パパッと出来ちゃう料理が多くてね。働く主婦向けだからかな?若い世代のママとかにも人気で。さっきのケーキも美味しかったでしょ?」
嬉しそうに舞が尋ねる。
たしかに、パウンドケーキは美味しかった。
が、この男のレシピだと思うと、なんだか釈然としない。
「舞が作ったから美味かったんだろ」
自分を納得させるべく言ったセリフに、舞が真っ赤になる。
分かり易すぎる反応に、悪戯心が芽生えそうになる。
少しだけ困らせてみたい。
そんな気持ちにさせるのだ、舞の照れたような笑顔は。
「で、その料理研究家がどこに来るって?」
「先生のご自宅の元スタジオ!」
料理教室を始めたばかりの頃に、自宅を一部改築して小さなスタジオを作ったらしい。
すぐに手狭になり、別の場所を借りたが、内輪の集まりにはいまだにその古いスタジオが使われているのだ。
「一時期先生の元で学んでいらしたらしいの。最近忙しくてご挨拶出来ていなかったから、って久々に尋ねて来るって。どうせなら、手料理を食べさせてほしいって言ったら、先生の料理も食べたいですって言われたらしくって。せっかくだから、お手伝いがてら、私も一緒にどうかって」
今をときめくイケメン料理人とご対面。
舞にとってはこの上ない提案だ。
明日は休みだし、昼間だから、お邪魔して来てもいい?
無邪気に尋ねてくる舞を抱きしめながら、徹は複雑な気持ちになる。
「美味しいレシピ沢山聞いて来るから」
嬉しそうに言われれば、もう何も言えない。
”一番美味しいのを食べさせてあげたいなと思って!”
舞が一生懸命作る料理は全て徹の為だ。
徹に喜んで欲しい一身でキッチンに立つ。
これだって、ひいては徹に美味しい料理を食べさせる為。
イケメンがどうした。
鷹揚に微笑んで、行かせてやればいい。
頭では納得している。
けれど。
「いいよ。行って来いよ」
言葉を口にしても、どこか上の空で。
解く予定だった腕の力は無意識に強くなっていた。
”行くなよ”
とは口が裂けても言えない。
そんな小さい男じゃない。
緊張と喜びでいっぱいの舞は、徹の態度に気づかない。
無邪気に抱き付いてくる。
この抱擁は、舞と一緒に喜んでいるせいだと思っているらしい。
「あのパウンドケーキ、上手に出来たし、徹も褒めてくれたから、明日のお土産にしようかな?
先生に味を確かめて貰うチャンスだし」
甘えるように肩に凭れた舞が、目を輝かせる。
レシピ本の作成者に、味見して貰えるなんて滅多に無い。
が、これは徹が了承しなかった。
「あれは俺が食う」
「え、でも結構あるよ?」
「全部、俺が食う」
言うなり舞の唇にキスをした。
「っ・・・ん・・・っ・・・」
不意打ちのキスに慌てる舞を逃がすまいと、キスが深くなる。
あのパウンドケーキは、舞が徹の為に作ったもの。
それを、かけらでも他の誰かに渡したくはなかった。
舞が尊敬する料理研究家なんて以ての外だ。
甘くて長いキスの後、舞の濡れた唇をぺろりと舐めた。
途端、舞がぎゅっと目を瞑る。
バニラの匂いがしなくても、不思議と甘く感じるから、もっと欲しくなる。
頬を覆う髪を掬って、耳の後ろへ梳き上げる。
くすぐったげに身を捩った舞の白い首筋にもキスを落とした。
いつもより少し強く吸う。
肌を確かめるだけじゃない、刻み付けるようなキス。
「ん・・・だめ」
慌てて舞が体を離したがもう遅い。
掌で覆う指の隙間から、赤い痕が覗いて徹が静かに笑った。
いつもの穏やかな瞳に、獰猛な熱が灯っている事に気づいてしまった。
「っ・・もうっ・・・出かけるって言ったのに」
顰め面になった舞が、咎めるような視線を向ける。
甘い香りのする彼女に一言どうぞ、と言われたら?
きっぱり言い切るに決まっている。
「だってイイ匂いで誘うから」
蜜糖ハニームーン ~例えばこんな至上恋愛 スピンオフ~ 宇月朋花 @tomokauduki
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