二月三日 海鮮巻き寿司
「くそっ。ちょこまかちょこまかと」
手持ちの煎り大豆がなくなった悪魔は、目に入った店にある分だけ買い占めるとまた鬼を追った。
本日二月三日は節分。
鬼の力がうんと削げて弱まる日。
だからこそ。
日頃の鬱憤を晴らす絶好の機会。
だというのに。
「ちくしょう」
全身全霊をかけて煎り大豆を投げつけるも、ひょいと軽やかに楽々と躱される始末。
「ちくしょうちくしょう」
(同業者のくせに)
同業者のくせに、毎度毎度毎度。人間への悪魔の囁きを邪魔してくるあの鬼。
反省しない罪人だけを陥れるのが信条だとのたまうあの鬼。
「あ」
全身の痛みを顧みずに次から次へと煎り大豆を投げ続けていた悪魔は刹那、動きを止めた。
当たった、のだ。
何年、何十年と当たらなかった煎り大豆があの鬼に。
悪魔は瞬時に鬼の元へと飛翔すれば鬼の姿はなく、代わりに地面の上に横たわっていたのは。
海苔巻きだった。
「ハ、ハ、ハハハハハハハハハ!!」
悪魔は気が狂ったように呵呵大笑しては、海苔巻きに齧りついて乱暴に食べ進めて行った。
味などどうでもいい。
あの鬼を滅しているだけなのだから。
けれど。
エビ、マグロ、イカ、ブリ、サーモン、醤油漬けイクラ、アナゴ、〆コハダ、カズノコ、タイ、ホタテと海の幸が詰め込まれた超高価な海鮮海苔巻きに、意思に反して身体が味わってしまっている。
(ワサビが入りすぎなんだよ!)
悪魔は悪態をつきながらも、静かな涙を流し続けていた。
(断じて。断じて!美味いから泣いてるわけじゃねえ!あいつが居なくなって悲しんでいるわけじゃねえ!あいつが居なくなるから嬉し涙だ!ワサビが効きすぎているからだ!)
「………えっ、えっ!まさか煎り大豆が当たってやっつけられた俺が海鮮海苔巻きに変化したとか。まさか本当に思ってない、よな」
物陰から悪魔の様子を見ていた鬼は口元を手で覆ってのち、もう暫く見守ってから元気よく出て行こうと決めたのであった。
「あー。俺も今日を無事に生き延びる事ができたら、売れ残った超高級海鮮巻き寿司を買い占めてやろうっと」
(2022.8.6)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます