第19話 酔ってるせいにして

結婚してから初めて、彼の同僚の秋吉の新居に夫婦でお邪魔させて貰った。


付き合う前から何度か話に聞いていた”広瀬さん”は、真里菜のライバル認定されていたわけだが、実際会ってみると河野の言う通り気が利く女性で、打ち解けやすい感じの良いお姉さんだった。


勝手に焼きもちを焼いていた真里菜は、二次会の準備で改めて千朋ときちんと対面をして以来、直接連絡を取り合う仲になった。


挙式準備で忙しい真里菜を気遣って、無事に二次会を終えた後も仲良くして貰っている。


今日も、初めての主人の同僚のお宅訪問に緊張する真里菜に、色々と話しかけてくれた。


秋吉は、本当に優しくて千朋の事をすごく大切にしていて、とっても素敵な旦那様で、見ているこちらまで微笑ましい気持ちになった。


台所でお料理のお手伝いをしながら、二人の馴れ初めを聞いた時にはびっくりしたけれど、運命ってあるんだなと改めて実感して、根掘り葉掘り色々と訊き出してしまった。


自分からこんな風に他人に興味を示すのは初めての事。


高校の同級生同士で結婚するなんて、女の園に揉まれていた真里菜にとってはまさに少女マンガの世界の出来事なのだ。


予想外に話が弾んだ千朋と真里菜に、河野と秋吉は驚いたようだったが、安心したようでもあった。


今日は飲む予定だったので電車で来た真里菜と河野は、秋吉宅の最寄り駅のホームで各駅停車の到着を待っている。


「話しやすい奥さんだっただろ?」


「うん、とっても。色々話しも聞けたし、楽しかったー」


「一緒に行って良かったな」


彼が真里菜の手を引いた。


後ろに並んでいた男の人から距離を取る様に少し前に立たされる。


「行かないって、我儘言ってごめんなさい」


最初は、夫の同僚の家なんて気を遣う場所には極力行きたくないとゴネたのだ。


せめて外でお食事にして欲しいと言ったけれど、最終的に’河野から説得されて、無理やり同行したわけだけれど、実際には行って良かった。


周りの女子があまり結婚していない真里菜にとって、同じ仕事をしている主婦の友達は貴重だ。


「きっと広瀬さんとなら仲良くなれると思ったんだよ」


「うん・・・これからも仲良くしたいと思う」


「だろ?これでもう真里菜がヤキモチやく必要も無いしな」


「あ、もう!昔の話持ち出さないで!」


ニヤッと意地悪い笑みを浮かべる彼を睨み付けて真里菜はプイっとそっぽ向く。


そりゃあ、彼の口からたびたび名前が出るから心配はしましたよ。


だって嫌というほど聞かされていたのだ、広瀬さんの話は。


思いっきり唇を尖らせて俯いたら、河野が慰めるように頭を撫でてきた。


「もー今更機嫌取ろうとしたって無駄だからね」


その手には乗るものかと言い返してやる。


いつも妻に甘い夫は、こういう時だけは超ドSの意地悪夫に変身するのだ。


「そうやって唇尖らせてるのも可愛いよ」


サラリと言ってのけた彼が、ホームに滑り込んできた電車に乗るべく真里菜の手を引いて前に進む。


休日、午後21時過ぎの各駅停車は思いのほか混んでいた。


出かけた先から大荷物で帰る女の子のグループやカップル、家族連れが車内を占めている。


「そうやってからかわないでっ」


ざわめく電車の中といえど、誰に聞かれるか分からない。


小声になって彼の手を叩いたら、河野がわざと屈んで、真里菜の耳元に唇を寄せた。


「拗ねて俺のキスを待ってるのかと思った」


「っ!!!」


とんでもない発言に思わず顔が真っ赤になる。


つり革を持つ彼の腕にしがみついて、何とかショックを堪える。


こんなとこでそんなこと言うなんて信じられない!


別にキスして欲しかった訳じゃなくて、ただ怒っただけなんです!!


思いっきり言い返したい。


勿論そんなこと、出来るはずもなく真里菜はぐっと拳を握って耐え忍ぶ。


と、河野が楽しそうに真里菜の顔を覗き込んだ。


「大丈夫?」


とびきり優しい声音。


傍から見れば、彼女を気遣う優しい彼の図。


でも、実際には違う。


真里菜の反応を楽しんでいるのだ。


ほんっとに性格悪いっっ!!


彼の策略でコロっと結婚した(勿論後悔はしていません)経緯を持つ真里菜としては、夫の悪癖にはそろそろ免疫がつきそうなものなのに・・・全く駄目だ。


いつも見事に振り回されて終わってしまう。


「耳も真っ赤になってる」


「・・・酔ったからっ」


必死になって言い返したら、河野が眉を上げた。


意外そうな顔をしてこちらを見下ろしてくる。


「あれ、そんな飲んでたっけ?」


「・・・見てないところで飲んでたの!」


嘘です、ほんとは甘いカクテル1杯だけでした。


「へー・・・そう」


曖昧に頷いた河野が、つり革から手を外して、真里菜の耳たぶをそっと撫でる。


首を傾けて、微笑みはそのままで、耳たぶを軽く引っ張ってくる。


彼の指が心地よく感じる位、真里菜の耳は熱くなっていた。


「・・・舐めてもいい?」


「っ・・・!!」


唐突に投下された爆弾発言。


真里菜は目を剥いてぶんぶん首を振る。


とんでもない!冗談じゃない!


「俺も酔ってる事にしようかな」


「な、何言って・・・」


こちらを見つめる熱っぽい視線に困惑気味で返したら、彼が更に笑みを深くした。


「冗談だよ、真里菜はほんと可愛いな」

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逆回転恋愛思想 ~ナチュラルラバー・スピンオフ~ 宇月朋花 @tomokauduki

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