第14話  憧れのあなたに

「わー・・・・キレー!!」


お昼休み、コンビニから戻るとミーティングスペースに人だかりが出来ていた。


7割が女子社員。


残り3割がもの珍しげな男性社員。


何事かと思いつつレジ袋を提げたままその輪の中に入って行く。


「なに集まってるのー?」


「あ、真里菜お帰り!見て!南さんの前撮り写真」


テーブルの上に拡げられた数枚の写真。


ウェディングドレス姿の南の凛とした立ち姿に目が釘づけになる。


「すごい!綺麗!!」


大輪のユリを持って、カメラに向かって最高の笑顔を向ける南。


マリアベール越しに窓の外を眺める穏やかな表情。


マーメイドラインのドレスはスタイル抜群の彼女によく似合っていた。


「でしょー。これは、旦那さまが撮ったらしいよ」


なるほど、それでこんな素敵に笑えたわけだ。


「愛情が透けて見えるよねー」


「撮影頼んだカメラマンから、モデルのお誘い受けたってー」


「そりゃーこんな綺麗な人だもん、納得だよね」


「速攻で先生が断ったらしいけどな」


先生というのは、南の婚約者のことだ。


作家をしているので、このフロアの人間は総じて”先生”と呼ぶ。


「ほんっと美男美女のカップルだもんね」


いつまで見ていても飽きない、ドレスの写真。


挙式が終わってすぐの頃は毎日のように見ていたけれど、少しずつあの結婚式は思い出になりつつある。


きっとこれからこうして誰かの花嫁姿を見るたびに自分の挙式を思い出すのだろう。


アルバム引っ張ってこようかなー・・・


「あー!もう!恥ずかしいからばらまかないでって言ったのにー!!」


非難の声を上げてコーヒー片手に南が戻ってきた。


シンプルな白のサマーニットにゴールドのブレスがキラキラと光る。


そして左手に煌々と輝く大きな石。


ほんっとに人の視線を引き寄せるのが上手い人だ。


化粧直しを終えたばかりの、控え目なピンクベージュの唇を持ち上げてにっこり微笑む。


男女問わず、見惚れてしまう美貌。


「めでたいことなんだからいいじゃないか」


「ちゃんとプロが撮ったのが上がってきたらみんなにお披露目するからー」


「でも、プロにこの顔、出来ないですよね?」


社内の誰も見たことの無い、たった一人だけに向けられた、穏やかで、純粋な笑顔。


こんな風に微笑まれたらもう何も言えっこない。


「・・・気心知れてる相手だからよ」


「へー・・・・」


みんなの視線を集めながら南は火照る顔を慌てて隠した。


少女のように唇を尖らせる仕草は、文句なしにキュート。


美人は怒っても笑っても拗ねても可愛いのだ。




★★★★★★




「あれ、まーた引っ張って来たのか。そんなに懐かしい?」


手元を覗きこまれて、顔を上げると真後ろのソファに彼が腰掛けたところだった。


横から伸びて来た手にアルバムを取り上げられてしまう。


「今日会社で南さんのお写真見てね。何か自分のも見たくなっちゃって」


「目の前に飾ってあるのに?」


リビングの棚に並べられた写真。


河野の腕に抱きあげられて微笑む真里菜が映っている。


新郎新婦のベストショットを逃すものかと飛び込んできた佳苗によって激写されたその一枚は、初々しさ満点の花嫁のベストショットとして、二次会の会場でも大々的に披露されてしまった。


終始顔を真っ赤にして俯くしかなかった真里菜である。


そんな花嫁を幸せそうに見つめる河野の笑顔込みで、何枚も写真に収められている。


せっかくだから、とリビングの一番良い場所に飾られたそれは、嬉しいけれど。やっぱりちょっと照れ臭い。


お客様来る時は絶対しまうからね!!


と河野には何度も言ってある。


身内ならまだしも、自分や彼の職場の同僚なんかにまじまじと見られたら恥ずかしい。


こういうものは夫婦でこっそり楽しむのが良いと思うのだ。


「これも素敵だけど、バージンロード歩くときの写真とか見たくなったの」


河野の膝に手をかけて、その上に拡げられた写真を覗き込む。


親族で撮った集合写真や、二次会の時友達と一緒に撮った写真。


あ・・・佳苗とふたりで写したのもある。


姉妹水入らずで、と河野がカメラマンを買って出てくれた一枚だ。


大人になってから佳苗と並んで写真を撮るのなんて初めてで、ちょっと緊張した。


あっという間の一日だった。


まるで夢みたいな。



「懐かしい?」


「・・・まだお式終わって1か月ですよ?」


真里菜の言葉に、河野が目を細めて笑って屈みこんで、額にキスを落とした。


彼がいつも付けている香水のほのかな香り。


そして・・・


「煙草変えたの?」


いつものとちょっと香りが違う。


「ん?気づいた?」


「なんとなく・・」


「秋吉の韓国土産だよ。珍しいからってカートンで買ってきて喫煙家に配って回ってたな」


「ふーん・・・・・・前の匂いに慣れてたから変な感じがする」


アルバムの上にコテンと顔を乗せてしまう。


河野が真里菜の髪を撫でた。


彼はよくこうして真里菜の髪に触れたがる。


くすぐるように地肌を撫でて、耳たぶを軽く引っ張って彼が微笑む。


甘やかされている感じがして大好きな一瞬だ。


嬉しくなって緩く肩に抱きつく。


と、彼が真里菜の体を抱き上げた。


子供にするように抱え上げて、ソファの上に移動させられてしまう。


アルバムがフローリングの床に落ちた。


拾わなきゃ、と思った途端、頬に唇の感触。


一瞬だけ視線を合わせた後、真里菜から唇を重ねた。


「煙草ってどれもにがいの?」


キスの後、耳元の髪に触れる彼に尋ねたら笑みを含んだ声が返ってきた。


「チョコみたく甘い煙草なんか聞いたことないよ。だから甘いものは別の所から貰わないと」


首を傾げた真里菜の耳たぶうを甘噛みして、河野が楽しそうに笑った。

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