第13話 二次会・未来・破顔一笑
「きれー・・・・」
挙式で撮影した写真を、さっそくプリントアウトして会場の受付ボードに飾りつける。
真っ白なウェディングドレスで、花のように笑う花嫁の姿に、知らず知らず見入ってしまう。
ウェディングマジックあるあるだろうか。
「えーなー・・・」
思わず呟いたら、肩を叩かれた。
「それ、彼に言ってみれば?」
隣でマキが出席者名簿を並べながら、言いなさいよと背中を押して来る。
千朋は頬を赤くしてあからさまに狼狽えた。
「い・・言えませんて!」
そりゃ、ちょっとは期待してええんかな?みたいなこと言ってくれたけど・・・
具体的に“結婚しましょう”という話になったわけでもなければ、プロポーズされたわけでもない。
付き合い始めて数か月の二人なので、彼にとって結婚はまだ身近ではないだろう。
女性のように年齢で焦る事もないだろうし、大口案件を任される事も増えてきた秋吉は、今仕事が一番楽しい時期だとも思う。
焦っている訳じゃない。
この人しかしないとも思っている。
だから、慌てずゆっくりそうなれたらいいな、とは思う。
でも、やっぱり、花嫁を見ると羨ましくなってしまう自分もいて、結婚適齢期の女性の心理は複雑なのだ。
マキは浴衣の裾を丁寧に直して、立ち上がった。
若葉色に、大柄のユリが描かれたそれは、細身の彼女によく似合っていた。
低めに結いあげられた髪にさした千朋と色違いで買った花の簪がシャラシャラと鳴って涼しげだ。
河野たちは、今、控え室で最終準備の真っ最中。
真里菜は二次会の会場であるカジュアルレストランの雰囲気に合わせたワンピースに着替えて、髪型だけ挙式とは変えるそうだ。
挙式のDVDを流して、簡単なゲームの後はみんなで好きに騒いで楽しむ。
ラフなスタイルの二次会が新郎新婦の希望だったのであまり企画を増やさなかった。
司会を任された秋吉と森は、ここ数日仕事の合間と定時後の時間はほぼ全て二次会の準備に明け暮れていた。
当然ながら、千朋たち事務員も準備に加わって、最終的には支店総出で二次会を仕切ることになった。
キャンドルサービスの代わりに行ったバルーンサービス(各テーブルに付けられたハート型の風船を、恋の矢で割っていく)では、中に閉じ込めた小さなハートの風船が飛び出して、店内をふわふわと舞う中、新郎新婦との記念撮影が行われた。
ハートに囲まれた写真は幸せムードたっぷりで参列者を楽しませた。
ドレスコードのおかげで、和服美人が揃った会場には、かき氷や、冷やし飴なんかも用意されて夏気分満点だ。
ゲームも一段落して、歓談タイムに入るとようやく解放された秋吉と森がぐったりしながらカウンターに戻ってきた。
「おかえりーお疲れ」
冷えたウーロン茶を差し出す。
飲ませてあげたいけれど、車でここまで来たからそういうわけにもいかないのが現状だ。
持ち込みの荷物が思いのほか多くて、係長と秋吉の車二台に別れてここまで来た。
「サンキュ・・はーくたびれた・・」
ネクタイを緩めた秋吉が、森に彼女のところへ行ってやるように促す。
藤田は、とびきり可愛いピンクの浴衣で受付を任されていた。
折角カップルで二次会に参加しても、主催者側なので、こっちに来てからまともに話す時間無かったのだ。
それは千朋と秋吉も同じなのだが、まず後輩に気配りを見せる所が彼の良いところだ。
「40分したら、締めの挨拶な。藤田さんに受付ご苦労様ってゆーといて」
「わかりました」
足早に会場を横切り、藤田のもとに走っていく森の後ろ姿は、飼い主の元へ駆け出す忠犬のようだ。
「かわい・・・」
「・・・男に可愛いは無いやろ・・」
「あら、妬かへんの?」
わざと訊いてやると、彼が意地悪な笑みを浮かべて、わざと残してあるおくれ毛に触れた。
それだけのことなのに、心臓が跳ねるから、恋心は恐ろしい。
「何でやろ、千朋の口から森を褒める言葉聞いても全然平気やな」
「・・・・だって森くん弟みたいなんやもん」
千朋の言葉に合点が言ったのか、彼が笑う。
「あー・・・そっか」
髪を撫でていた彼の指が項をなぞった。
右耳の後ろで結った髪が、首をくすぐる。
「く・・・崩れるからっ!」
慌てて秋吉の腕を掴む。
耳まで瞬時に赤く染まった事もバレているに違いない。
「ごめん、ごめん、つい癖で」
そう言って、秋吉が、千朋の指先を包み込む。
「悪い、思ってへんやろ・・」
「うん、あんまり」
そうやって、甘い顔してもダメです。
眉間に皺をよせて見上げると、秋吉が話を変えてきた。
「自分で着たん?浴衣」
「今回はマキと着せ合いっこした」
七夕に浴衣デートをした時のそれと、今日の浴衣は色も柄も違う。
「ああ、ほんで千朋の家に中野さんおったんか。なあ、浴衣って着るん難しん?温泉の浴衣とどう違うん?」
これやから男の人って!!
まあぱっと見同じにしか見えないだろうが、女子には色々あるのだ。
浴衣にまつわるエトセトラが。
「ぜんぜんちゃうよ!帯の結び方とか・・!ほら、マキと動画見ながら頑張って結んでんからよう見といて」
彼の前でくるりと一回転してみせる。
鏡越しに見て、自分でも惚れぼれしてしまった。
それくらい、素敵な蝶々結びの帯だ。
「蝶みたいやなー」
回転して戻ってきた千朋と、視線を合わせて彼が言う。
「そう!蝶々結びしてあるねん。リボンふわふわしてるやろ?」
「・・・・・なあ」
口元に手を当てて、何か思いついたらしい秋吉が耳元で声を潜める。
「これって脱がせやすいん?」
「基本浴衣は帯だけ解いたらすぐに脱げるやん。・・・・・って何言ってんのよ!」
答えてしまってから、慌てて口を押さえてももう遅い。
「ふーん」
興味深そうに頷く秋吉の腕を叩く。
「ゆ、ゆっとくけど、結ぶん大変なんやから!」
「覚えとくわ」
・・・・もしもし?
言い返そうとしたら、かがんだ彼の唇が左耳をかすめ取った。
一瞬視線を合わせて微笑んだ後、二の句を紡げない千朋を残して、カウンターに載せていた煙草を掴んで踵を返す。
「一服してくるわ。バルコニーおるから、なんかあったら呼びにおいで」
火照る頬を押さえつつ、秋吉の置いて行ったウーロン茶を一口。
スキンシップ過多なんよね・・・最近・・嬉しいからええねんけど・・・場所が・・・
店内は間接照明だけで、薄暗いから、まあ誰も見てないはずではあるのだが。
周りをキョロキョロして、誰とも目が合わなかったことに安堵しつつ、千朋は気を取り直して帰り際に配るプチギフトの数をチェックし始めた。
★★★★★★
2階のバルコニーへ出ると、係長が一服していた。
「よお、御苦労さん」
差し出された煙草を一本受け取る。
「イタダキマス」
海沿いにあるカフェレストランなので、ライトアップされた釣り橋と、それを反射する海が綺麗な夜景を作っていた。
ここまでチェックして無かったなあ・・・
千朋も呼んで来てやろうか?ふとそんなことを思ったら、係長が俺の顔を見て言った。
「広瀬呼んで来てやろうか」
「え!?」
「いい眺めだろ?・・・ここさぁ。俺が里香にプロポーズした店なんだよ」
「・・・そーなんですか?」
急遽決まった河野の結婚で、二次会の会場を探していた彼に、お勧めのお店だとカジュアルレストランを紹介したのは係長だった。
まさかそんな思い入れのある場所だとは思わなかったのだが。
「きっかけがあれば、背中、押してやれるかなと思ってさ」
「え・・・・?」
誰の?と尋ねなくても分かる。
千朋と付き合う前から相談に乗って貰っていた彼は、俺がここ最近あれこれ思い悩んでいる事に気づいていたのだ。
「だから、この店にしようって言ったんですか?」
今井さんは片眉を上げて、苦笑した後頷いて煙草の灰を落とす。
「俺、河野、ふたつもご利益あるんだから大丈夫だよ。秋吉が気にしてるのは、広瀬の仕事のことだろ?」
核心を突かれて、言葉に詰まる。
吐き出した煙は潮風に流されてすぐに消えた。
同じ部署内で夫婦が勤務することは原則認められていない。
だから、どちらかが異動することになる。
千朋は、恐らく結婚しても仕事をやめない。
専業主婦になりたいと言われれば喜んで受け入れるつもりだけれど、多分彼女はそれを望まない気がしていた。
今の仕事が好きだからだ。
部長から引き抜き同然で河野と二人課内異動してきた俺が、もう一度課内異動する可能性は皆無。
必然的に、異動するのは千朋になる。
運よく隣のビルに移れればいいけれど、子会社への異動なんてことになったら仲の良かった中野さんたちと完全に離れ離れになってしまう。
そう思うと、どうしても言い出せなかった。
「・・・楽しそうに働いてる場所を俺が取り上げてまうんかと思うと、やっぱり言い出しにくくて・・・そうこうしとる間に、河野はあっさり結婚するし・・」
「隣に行けるように、俺も部長に掛け合ってみるし・・・まあ、部長に言えば鶴の一声だよ。それに、そんなことあの子は気にしないと思うけどなあー・・・」
「俺のせいで、何かを我慢させるんが嫌なんですよ」
いつも笑っていてほしいと、ただそれだけを願う。
「・・・でも、俺もそろそろ別々の家に帰るんが我慢の限界なんで、決めますよ・・・これって我儘ですかね?」
俺の言葉に、今井さんは笑って肩を叩いてきた。
「それぐらい我儘でいいよ。秋吉は慎重派だからなー・・・たまには自分の意見強引に押し通す位でいいよ。河野、見てみろよ。あいつは勢いで彼女かっ攫って結婚まで決めたんだろ?見習えとは言わないけどさ、広瀬の意見聞く前にまずお前が自分のやりたいようにやってみな。きっと広瀬は付いてくるから」
★★★★★★
1人になって、バルコニーから海を見下ろしていると、会場と繋ぐドアの開く音がした。
「ジンジャエールおまちどーさまー」
グラスを手に千朋が歩いてくる。
髪に飾ってある、赤い花が揺れた。
浴衣のせいでいつもよりゆっくりとやってきてテーブルにグラスを乗せる。
ジンジャエールなんて頼んでいないので、これは恐らく。
・・・・今井さんやな・・・・
「係長おつまみ取ってくるって」
そう言って踵を返す千朋の腕を掴む。
「千朋、ちょお待って」
「他にもなんかいる?」
「そうじゃなくて・・・係長が気ィ利かせてくれてん」
俺の言葉に、千朋が目を白黒させて、あ・・と呟く。
「夜景綺麗やから、ちーに見せたいなー思て」
バルコニーの手すりに寄りかかって、海を見下ろす。
風が強くなってきて、千朋が慌てて髪を押さえた。
「大橋見えるんやー・・・絶景ポイントちゃうん?後でここで河野さんらの写真撮ってあげよ」
「かもしれんなぁ・・・千朋、こっち」
掴んでいた腕を離して、風避けになるように立ち位置を入れ替える。
「ありがと。係長も里香さんと来たんかな?」
千朋の質問にドキッとしたが、知らんふりを通すことにする。
いま、この話題は避けたかった。
肝心のモノが手元にない。
「そうかもな・・・」
風のせいで緩んだ髪を千朋が解いた。
赤い飾りゴムを手首に嵌めて、同じように結び直そうとする。
これ幸いと俺は彼女の緩く巻かれた髪をかきまぜた。
非難の声が上がる前に先手を打つことも忘れない。
「どうせ結び直すやろ?」
空いている反対の手で千朋を抱き寄せる。
帯が邪魔して、いつものように抱きしめられない。
中野さんと千朋の奮闘には敬意を表するけれど、もうちょっと嵩張らない結び方は無かったのかと思ってしまう。
申し訳ないけれど、今は邪魔なだけ。
彼女の母親が数年前に買ってくれたという紺の浴衣は、ずっと箪笥の肥やしになっていたらしく、久しぶりの出番を迎えられたらしい。
紅色の牡丹は千朋にしっくり似合っていた。
重ねた朱色と黄色の帯が歩くたびに、蝶のように舞う様は、鮮やかで目に楽しい。
「浴衣着ると大人しなるん?」
潮風のせいでいつもより指に絡む髪を弄んでいると千朋はぼんやり海を眺めていた。
「浴衣で走られへんしね?」
「そらそーや」
なんやろ、いつもより”しとやか”に見える。
どれも同じ千朋やのに、どれも違う。
穏やかな視線の先に見えるのは、真っ暗の海のはずなのに。
もっと別のものが映ってるんじゃないのだろうかと思ってしまう。
もし、そうなら、同じものを見てみたい。
彼女を彩る世界のすべてを。
「浴衣可愛いやん」
俺の言葉に千朋が一瞬照れたように笑って
「ありがとぉ」
といつもよりのんびりした口調で答えた。
そんな彼女の横顔にキスをして、腕を解く。
汗をかいたグラスを口に運ぶと、心地よい炭酸が喉を擽った。
「あ・・・汽笛・・・!」
頬杖を突いていた千朋が目を凝らす。
遠くに見える船の明かり。
2本目の煙草に火を付けた俺は、暗闇の向こうを指さしてやる。
昼間ならもっと多くの船が行き交う海域だ。
「この時間なら向こうの島からの定期船ちゃう?」
「そっか・・・フェリー乗りたいなぁ・・」
千朋が呟く。
解かれたままの髪が風で揺れる。
手すりにぶつかったゴムの飾りがシャラシャラと音をたてた。
「ええよ。行きしなフェリー乗って、帰りは橋渡って帰ってこよかーさぬきうどんでも食べに行く?」
「秋なったら?」
「来週の土日でも、いつでもええよ」
ドライブがてら出かけるのもええしな。
灰を落として煙草を咥える。
と、千朋が抱きついてきた。
「危ないって」
煙草を持った方の手を慌てて千朋から遠ざける。
空いた腕を背中に回して尋ねた。
「どないした?」
「・・・なんもないけど・・・ちょっとだけ抱きしめてて」
こう言うことを言われたのは初めてだったりする。
俺は溜息をついて、煙草を灰皿に押しつける。
「そーゆーことは完全に2人のときに言えって・・ちー?」
「ん?」
「後で苦い、言うなよ」
とりあえず言い訳してから視線を上げた千朋に唇を重ねた。
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