第11話 ドレスコードは・・・
河野の、最愛の彼女もとい婚約者の真里菜から、二次会へのリクエストはひとつだけだった。
”女の子は浴衣でお願いします”
「夏だし、なかなか浴衣って着る機会ないじゃないですか?ドレスだと、どうしても同じ色がかぶったりしてしまうんで・・・ちょっと変わった二次会にしたいんです」
秋吉と千朋と河野たち4人で打ち合わせがてらお食事会(飲み会)に行った時、彼女がそう言ったのだ。
それを聞いた千朋の感想は。
「めっちゃえーやん!!!」
だった。
ちなみに拳付き。
二次会やパーティードレスという定番を覆す発想に目を輝かせた。
実は、ドレス新調せなあかんかな?って思っててんよ・・・・
旅行も控えているしできれば出費は避けたかったのだ。
可愛い簪を探して、真新しさをプラスしようと決める。
「じゃあ全体的にメニューも和風喫茶みたいな感じにすると面白いかも。大正ロマンな感じ?」
「あ、はいからさん、ですねー素敵」
盛りあがる女子ふたりの横でポカンとしている男ふたり。
「ほら、袴にブーツで大きいリボン、みたいなん」
「あー・・なんとなく分かる・・」
千朋の説明にふたりが頷いて、ようやくイメージが浸透した。
あんみつや、白玉パフェ。
梅酒なんかもメニューに加えてもらってふたりの希望を取り入れた二次会を計画していく。
大変だけど、楽しい!!!
イベント好きやし、ましてこんな可愛い子のためなら何でもしてしまいそう・・それにしても、ほんっま・・・美男美女。
彼女のとなりに河野おらんかったら俊哉の視線が釘付けになってそう・・・
「真里菜ちゃんほんま美人やねー・・・」
帰り道、電車の中で言ったら秋吉がまんざらでもなさそうに。
「たしかに、絵になるふたりやなぁ・・・河野が結婚急いだ理由も分かる気ィするわ。あんな美人やったら、回り放っておかんやろー・・・」
もちろん、良い子やったし、文句なしの美人やったけど・・・正直おもしろない・・・
黙り込んだ千朋の方を見下ろして秋吉が怪訝な顔する。
なんで微妙に笑ってんのよ・・・
「どないしたん?」
開閉しない側のドアの端に凭れていた千朋を覗き込む目が、柔らかくて影になった表情が、優しくて。
こうやって訊かれるん、好きなんよね・・・ちゃんとうちのこと、気にしてくれてるってわかるから、安心する。
子供みたいやけど。
それでもやっぱり妙なヤキモチは消えなくて唇を尖らせてしまう。
「なんもないし・・・真里菜ちゃん可愛くて良かったわ」
これは本音。
きっと彼女ほどウェディングドレスが似合う女の子はそうそういないに違いない。
結婚情報誌のCM顔負けの花嫁間違いなし。
「めずらし・・・ヤキモチかぁ」
なぜか安心したように言って、秋吉が千朋の頭に手を伸ばす。
・・・・・?
髪を束ねていたクリップを外してしまった。
するりと髪が肩にかかる。
顔周りが一気に暗くなった。
「返して」
不機嫌な声で秋吉の手からそれを抜き取る。
赤いラインストーンのついたクリップに車内の白い光が反射する。
上着着てきてよかった。
こんな時間なので、ガラガラの車両は冷房が効きすぎている。
そのラインストーンをじっと眺めていたら小さく笑って秋吉が千朋の頭を撫でた。
いつもみたいに、髪を触るんじゃなく。
まるで子供にするみたいに。
安心させるみたいに、くしゃっと。
悔しいけど。
それだけで、泣きそうになった。
「・・・・そのために外したん?」
上目づかいで尋ねたら、千朋の顔色を窺いながらも、こらえきれないように、口元を緩めた秋吉がすぐに頷いた。
「髪くしゃくしゃなるーって怒るやろ?」
「そーやけど・・・」
怒っていいのか、笑っていいのか分からない。
どうしようもない気持ち。
「なんで笑ってんのよ」
「・・・嬉しくて」
全く予想外の答えが来てびっくりする。
「は!?」
秋吉が手すりにつかまっている千朋の前にいるので、他の人が今の声に反応したかはわからない。
ちょっとこの立ち位置に感謝だ。
それにしても意味分からんし!!
「酔ってんのん?」
それならこの言動も分かるけど・・・
解かれた髪をもう一度束ねようと髪を纏めるとその手を掴まれた。
「酔うほど飲んでへんやん」
ビール2杯?とうちの半分・・・・そらそうか・・・・
そんなことを考えていると、背中に腕が回って抱きしめられた。
というより・・・抱き寄せられた。
それでもここ電車やし!
すぐに離れようとしたけれど、背中に流れた髪を撫でられて動きが止まる。
秋吉は片手でカバンを持ったまま。
だから、千朋が体を引けばすぐに距離が取れる。
・・・・のに・・・
なんでやろ。
出来なかった。
耳元にかかる吐息にドキドキする。
「ちょ・・・やっぱ酔って・・」
「千朋が、あからさまにヤキモチ妬いたん初めてやで」
・・・嘘やん・・・
極力そういうところを見せないようにしようと思ってきたから、秋吉が他社の女の子に差し入れを貰ってるの見ても(即座に支店のみんなで山分け)別の部署の女の子が本気で狙ってるという噂を聞いても、平気な顔をしてきた。
内心滅茶苦茶嫉妬しても、表には出さなかった。
だってそんなことしても惨めになるだけなので。
・・・・いや・・・ちゃうねん・・
冷静なもう一人の千朋が言う。
表に出さんでもいい位、俊哉が安心させてくれてたんちゃうのん?
彼はあからさまな好意から来る贈り物は頑として受け取らないし、同期の女子社員とも必要以上には接しない。
そっか・・・いっつも先手打ってくれてたんや・・不安にならへんように。
「不安にさせたないって思ってたけど。目の前でヤキモチ妬かれんのは悪ないなぁ」
気持ちを読んだかのようなセリフに、電車の中だということも忘れて彼の肩に凭れてしまう。
「・・・ヤキモチくらいやきますよ」
こんなところであり得ない、そう思ったけれど、抱きつきたいと願ってしまった。
言葉じゃ足りない分。
埋める方法がそれしか思い浮かばない。
でも・・・時刻は22時すぎ。
お疲れのサラリーマンや、飲み会帰りの人が何人もいる電車。
思わず背中に回しそうになった腕を引っ込める。
あぶないあぶない。
「他所見なんかせえへんから、心配すんな」
まるで慰めるみたいな言い方。
そんな事誰より千朋が一番知っている。
「・・・うん・・」
嫌やなぁ・・・どんどん弱くなっていく気がする。
この人に、隠す部分が無くなってく。
完全無防備でも、大丈夫やって。
心が知ってる。
甘えるってこういうことゆうんやわ・・・
初めて知った。
髪を撫でた指が首筋に下がって項にまとわりつく髪を後ろへ梳き流した。
「泊まってく?」
・・・絶対確信犯やわ・・・
「・・・・駅着くまでに考える・・」
真面目な顔で言ったら彼が少し屈んで耳元で笑う。
「もう決まっとるくせに」
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