第10話 閑話休題Ⅱ

河野の二次会の準備で慌ただしく週末は過ぎて行った。


係長と俺で営業ついでに店を探して料理などの打ち合わせを行う。


サプライズプレゼントやお祝いメッセージの準備は千朋たちに頼んである。



人の二次会でこんだけ大変なんや自分らの時なんてもっと忙しいに決まっとる・・・



夏の暑さと、お盆前の駆け込み受注の処理にプラスして旅行に二次会。


イベント目白押しの毎日に少々お疲れ気味の俺と千朋。


特に千朋は、いつの間にか河野の彼女と連絡を取り合うようになっていて2人でお茶をしたりとここのところ仲が良い。


そんなこともあって俺以上に河野達の2次会への思い入れが強いようだった。


せっかくの晴れた日曜日なのに、昼前に千朋を迎えにいって家に戻ってから何をするでもなく過ごしている。


こういう日も、ええけど・・・


借りてきた海外ドラマを流して見るともなしにぼんやりとしていると台所から千朋が戻ってきた。


「サンドイッチ作ったー」


「お、サンキュ。ちょうど腹減ってきたとこやわ」


「あ、そのきゅうりのん、からしナシ」


さっそく摘まんだサンドイッチを千朋の口に放り込む。


サンドイッチにからしは不要。


昔からそれで育ってきたらしい。


代わりに卵サンドを取り上げた。


「えー天気・・・」


窓の外は、陽ざしに溢れている。


最高気温34度とか。


8月やからなあ・・・


夏休みで海とプールが大盛況だとニュースで流れていたし。


「泳ぎにでもいく?」


尋ねてみたら、勢いよく首を振られた。


「水着着られへんわ!・・焼けるし」


そういうと思ったけど・・・


「海ちゃうくてもええやん。・・・プールとか・・」


「やから・・・水着がぁ・・・」


自分の二の腕を引っ張って眉間に皺を寄せる千朋。


「後5キロやせたら考えてもええ・・」


真剣な表情で言われて思わず、慌てて


「胸無くなるわ」


と突っ込んでしまう。


予想通り、胡乱な目で見返された。


「胸なんか無くてもええもん」


「いるから!そもそも肉無くなったら抱き心地悪いわ」


抱きしめた時のこの程よい弾力がええのに・・・・


抱き寄せた肩越しに千朋の二の腕を掴む、柔らかい感触。


明らかに男とは違うその形容しがたい触り心地にホッとする。


これが無くなるなんてありえへん・・・


「だっ・・抱き心地って!」


赤くなった千朋を見下ろして自信たっぷりに言ってやる。


「ガリガリの女の子抱きしめたいーゆう男なんかおらへんて」


「好みによるやん!」


そう来たか・・・


「俺が今のままでええってゆーてんねんから、ええやん。あかんの?」


「・・・・いいです・・」


言ってしまってから、自分の言葉に気恥ずかしくなって誤魔化すために立ち上がる。


3つ目のサンドイッチを齧りながら千朋が視線でどこいくん?と問うてくる。


「煙草」


彼女が家で過ごすようになってから休日の煙草の本数が一気に減った。


仕事中の喫煙は相変わらずだが。


外では吸っても、この家では吸わない。


テーブルに載せられたままだった灰皿はいつの間にかベランダが定位置になっていた


副溜煙怖いしなぁ・・・


千朋はあまり気にしないけれどでも、やっぱり彼女の体のことやし。


仕事柄外回りのついでに、車で一服というのが日常になってしまっている俺としては、健康のためにもプライベートでの喫煙は出来るだけ控えたかった。


もう10年近く吸っている馴染みの煙草に火をつける。


・・・・そういやジッポも置きっぱにせんくなったな・・・


今も無意識にポケットから持ち歩いているジッポを取り出した。


ソファでマグカップ片手にテレビに見入っている彼女を眺める。


絶対の影響力やな・・・




部屋に戻ると、千朋が待っていましたとばかりに凭れてきた。


クッションを抱えたままで俺の腕を抱きこむ。


腕に触れた柔らかい感触に一瞬ドキリとして、これが無くなると思ってゾっとする。


なんとしてもダイエットは阻止やな。


しばらくじっとしていた千朋が、もぞもぞと動いた。


ちょうどいい位置が見つからないらしい。


俺はクッションを取り上げて自分膝の上に乗せた。


そして千朋の肩をこてんを倒してその上に落下させる。


「ちょっとはテレビ見やすいやろ?」


「・・・重くない?」


「なんで膝枕で重いねん」


呆れて返すと、千朋が笑った。


「そーやんね・・・」


緩くまとめられていた髪を解いてしまう。


なんとなく、下ろしている方が好きという理由もある。


気を許してる感じするからかな?


「いっつもして貰っとるからな」


膝枕。


俺の言葉に千朋が頬を染めた。


「いつもと逆やね」


そう言って心地良さげに目を閉じる。


「たまにはええやろ?いっつも膝枕されて寝てまうん俺やし」


「・・・今日はうちが寝てまう・・」


「ええよ」


髪を触られると眠くなるのを知っている。


完全に無防備な表情で目を閉じる千朋。


大抵土曜の夜とか、こうやってテレビ見ながらウトウトしてまうのは俺の方やからなぁ・・・


こんな風に千朋は俺を見てたわけや。


頬に沿って柔らかい髪を撫でると千朋が俺の指を掴んだ。


「俊哉が寝れんやん」


「・・・ええから、寝てええよ。俺も眠たなったら、お前運んでそのまま寝るし」


ほんならやっぱりベット行く!とか言われたらどうしよう、と思ったが杞憂だった。


「・・うん・・」


そう言ったきり、千朋からは寝息しか聞こえてこない。


よっぽど疲れてたんやろなぁ・・・


髪を纏めてキリキリ動き回っていた週末までの彼女を思い出す。


山のように買い込んだ結婚情報誌を片手に、中野さんと手分けしてあれこれアイデアを練っては電話を架けまくっていた。


最初、そんな千朋を見た部長が俺達が式を上げるのかと勘違いしたくらいだ。


「真里菜ちゃんて可愛くてむっちゃええ子やねん」


口癖のようにそう言っていた千朋。


おっとりした彼女を妹のように思ったらしい。


絶対に素敵な二次会にする!と意気込んでいたし。


寝室のクローゼットに隠してあるアレ。


カレンダーを見ると、その日はもうすぐそこまで迫っていた。


早く渡したいような。


少し怖いような。



あどけない寝顔をずっと見てたい。


こうやってなんも無い日も一緒にいたい。


この先50年ちょっとの人生を。


望むのはそんなとこ。

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