第8話 天の川エンゲージ
朝からカンカン照りの夏日和り。
七夕ってお天気悪いもんだと思ってた・・・
太陽が反射するアスファルトを踏みならして、日傘片手に足早に仕事場へ向かう。
週明けが七夕って・・・のんびりできない・・
怒涛の数週間が過ぎて、恋人兼婚約者というなんとも非現実的な関係にもようやく少しだけ慣れて来た。
慣れはしたものの、馴染んではいない。
お付き合いを始めましょう、をすっ飛ばして、彼と結婚することになってしまった。
夢でも幻でもなく。
付き合うことになって、すぐの金曜日。
河野は、さっそく真里菜の両親に挨拶にやってきた。
実は、あの言葉は半分冗談だと思っていたのだ。
口説き文句の一つくらいにしか受け止めていなかった真里菜なので、スーツ姿で菓子折り片手にやってきた彼と並んで、あのセリフを聞いた時、まるで他人事みたいにびっくりした。
本気だったの・・・・?
「お嬢さんを僕に下さい」
もちろん、いつかは私も・・・と夢には描いていたのよ!?
初恋の相手とのゴールインが決まっている、乙女の夢を本物にした妹を間近で見て来た真里菜なので、人一倍結婚には憧れがあった。
嫁入り先で困るのは真里菜より佳苗だと親戚一同が口を揃えていたにも拘わらず、16歳で生涯の伴侶をゲットした妹の強運にあやかりたいとさえ思っていた。
それなのに、付き合い始めの緊張も解けないうちにまさか結婚だなんて。
一足飛び、とゆうか二足飛び!?
これが現実かどうかすら疑いたくなる。
河野の突然の結婚の申し出にも拘わらず、真里菜の両親は二つ返事で了承を口にした。
大学時代から、何度も真里菜を自宅まで送り届けてくれていた頼りになる先輩というポジションを確立していた彼の信頼は、真里菜よりもずっと大きかったのだ。
むしろこれを逃せば後がないとばかりに、前のめりに頷いた母親に、若干引いてしまった真里菜である。
「こんな娘で良かったら・・・」
にこにこ笑ってお茶を飲む母親に、内心えー!!??っと突っ込んだものの。
たしかに・・・こんな私をお嫁に貰ってくれる奇特な人なんて河野さんくらいしかいない・・・かも・・・
大学時代からの片思いを実らせたのだと思えば、交際ほぼ0日婚でもいいじゃないかと思えて来る。
だって、半分以上諦めていた片思いだったのだから。
その日の夜の夕飯でしみじみ母親が言った。
「あんたみたいにぽーっとしてる子はああいうしっかりした人がいいの!大学の頃から、何かあるたび、いっつも河野さんがあんたの面倒見てくれたじゃないの。引っ越しの時の部屋探しから何から・・・佳苗だってきっとそう言うに決まってるわよ」
真里菜の独り暮らしが成功したのは、偏に河野の努力と根回しのおかげである。
思えばあの頃から、彼は面倒見が良かった。
「河野さんなら、母さん安心だわ。ねえ、お父さん!!」
「・・・ああ」
母親の再婚で家族に加わった父親は、ほんの少しだけ寂しそうだったけれど、それでもいい人そうで良かったよと微笑んでくれた。
「それにしても、よくもまあ、会場押さえられたわね、こんな急なお式なのに」
母親の言葉に、真里菜も他人事のように頷いた。
「結婚式までひと月ちょっととか、ほんと信じられないよ・・・」
★★★★★★
会社の入った合同ビルの目の前でスマホが鳴りだした。
いっけない!バイブにするの忘れてたっ
慌ててカバンからメタルピンクのスマホを引っ張り出す。
液晶画面に表示された名前を見て、ドキンと心臓が跳ねた。
「・・・も・・もしもし?」
「おはよ、もう会社?」
電車のノイズとざわめきをバックに彼の声。
改札を出たところのようだ。
自然と緩む口元を押さえてし、誰に見られるわけでもないのに俯いてしまう。
「今ビルに入ったとこ・・」
真里菜の所属する部署は3階なのでエレベータを待たずに階段を使うようにしている。
編集者は座り仕事も多いが、打ち合わせのための外出も多いので、かなり基礎体力が必要なのだ。
「河野さ・・・隼人は?もうすぐ着くの?」
慌てて言い直すと、電話越しに心地よい笑い声が聞こえてきた。
未だに彼を名前で呼ぶのに慣れない。
やだなー・・・きっとまわりの女の人彼のこと見てるに決まってる。
朝から電話に向かってさわやかに笑う彼を想像して歯噛みした。
確かめるまでもない、きっと甘ったるい眼差しをしているのだろう。
「今からコンビニ寄るトコだよ。今日遅くなりそうか?」
「んー・・・微妙です。頑張れば20時には家に帰れるかも・・・」
あれ・・・?
でも昨日の夜別れ際に、今日は夕方から会議でかなり遅くなるからって・・・
「俺も、21時には出れるようにするから帰りしなそっち寄ってもいい?」
「え、あ、うん」
思わず電話なことも忘れて頷いてしまう。
そして気づく。
「え・・・っと・・・泊まってく・・とか?」
だって時間も時間だし、真里菜の部屋に寄ってから自宅マンションに戻るとなるとかなり遅くなってしまう。
尋ねたら、一瞬の沈黙の後。
「泊めてくれるの?」
なんて、悪戯っ子みたいな口調が返って来た。
尋ねるタイミングはきっと、たぶん、今じゃなかった。
「や、あ・・えっと・・」
そういうつもりじゃ・・・えー・・・っと・・ちょっとはそうかなって思わなかったことも・・・・ない・・・
のだけれど、期待している素振りを見せるのが恥ずかしくて、真里菜は言葉を濁した、
河野は少し黙り込んだ後、一層声を柔らかくする。
「今日は、帰るよ」
「・・うん」
ん?今日は・・・?
今日はってことは次は・・?
そしてそれはいつ・・?
真里菜の返事に気を良くしたのか彼は夜に電話すると言って、放心状態の真里菜に留めの一言を放った。
「真里菜?」
「はい・・?」
「愛してるよ」
★★★★★★
「なーにー?いつもに増して綿菓子みたいな顔しちゃって・・・」
今日も麗しの美貌を振りまきながら(本人無自覚)南がヒールを鳴らして歩いてくる。
ただでさえスタイルがいいのに、足に吸いつくようなパンプスでますます光る脚線美。
こんな綺麗な担当さんが側に居たんじゃ作家は気が散って仕方ないんじゃなかろうか?
というか・・・よくもまあ、これだけの美女を野放しにしておけるよね・・・南さんの彼。
望月南射止めた作家の彼はどれだけ心が広いのだろうと思ってしまう。
スケジュール帳と、上がってきた原稿に挟まれて身動きとれない真里菜の机に片手を乗せて、南が極上の美貌を湛えてじーっとこちらを見下ろして来る。
「な・・・なんですか・・・?」
真里菜の言葉に南は大爆笑してナチュラルピンクで彩られた綺麗な爪で真里菜の頬をつついた。
「お肌つーやつや」
「!!??」
「締切でばたばたしてたのに、いつものマッサージも行ってないみたいだしー」
「!?」
「あの、彼と上手く行ってんだ、良かったね!」
お姉さま・・・もう降参です・・・・
★★★★★★
20時すぎに会社を出て、南と一緒に行きつけのネイルショップへ向かった。
自爪でも楽しめるお手軽ネイルアートが自慢のお店だ。
少し前に雑誌の取材に行った記者から勧められて以降、部署の女の子の間でひそかに流行っている。
ホワイトベースにラメを重ねて夏っぽく仕上げて貰う南の横で、真里菜はまだイメージが決まらない。
そんな真里菜に、店員さんが笑顔で言った。
「じゃあ、七夕のイメージで」
インターホンと同時に鍵を開ける。
飛び出してきた真里菜の腕を引き寄せながら彼が笑った。
「ずっとここで待ってた?」
「・・えーと・・」
・・・実は後5分で着くよってメールが来てから玄関とリビングを往復してた。
とは言えるはずもなく。
ここまで態度で示しておいて、もう言い訳できるわけもないのに・・・
往生際の悪い真里菜を抱きしめて河野が思い出したように言った。
「今日はコレ渡しに来たんだよ」
そう言って、カバンと一緒に持っていた紙袋を持ち上げた。
街角でよく見かける老舗ブランドの髪袋だ。
「順番逆でごめんな」
そう言って、予想通り小さな箱からキラキラ光るプラチナのリングを取り出した。
迷うことなく左手の薬指にはめる。
ネイルサロンで綺麗に整えたばかりの爪を見下ろして、河野が笑う。
「綺麗にしてるな」
爪をなぞって、彼が呟いた。
淡いブルーにシルバーとパールホワイトの優しい天の川。
ラメがキラキラと光る。
「天の川だって」
彼が指を離すと同時に、もう一度今度は自分から抱きついた。
初めてのエンゲージリングだ。
嬉しくないわけがない。
「ちょっとの間しかつけれないけど・・・やっぱり、こういうのはちゃんとしないとな」
8月にねじこんだ挙式。
順調にいけば、来月にはこの手には、マリッジリングが光っているはず。
「ありがとう」
「今日が婚約記念日にしようか。七夕のたびに、毎年2人で祝う」
「結婚記念日は?」
「もちろんする」
「お祝ばっかり」
笑いだした私の耳元に口づけて彼がささやく。
「来年のプレゼント考えとけよ」
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