第7話 閑話休題
木曜の夜、残業ついでにふたりで飲みに出かけた。
いつもは車通勤の秋吉が、電車だったこともあって、次の日が仕事にも拘わらずすっかり気分は週末モードの千朋。
機嫌良く飲んでいる彼女を眺めながらそろそろ止めた方がいいかな?と慎重に様子を窺う。
彼女の限界も、ほろ酔いの酒量もこの数か月で綺麗に頭の中に入っている。
ライチの甘いカクテルを飲みながら千朋が思い出したように身を乗り出してきた。
「今日、変な子に会ったん」
「はぁ?誰、男?」
即座に訊き返して、”子”やねんから男ちゃうやろ・・・と自分で突っ込む。
ここのところ、強くなる一方の独占欲。
自覚症状があるだけに性質が悪い。
どんどん心狭なってる気ィする・・・
まったく気づかない千朋はきょとんとした後、グラスをコースターに戻して首を振った。
「ちゃうよー、すっごいべっぴんさん」
「美人の知り合いちゃうのん?」
「全然知らん人で・・・・昼休み、コンビニ行こうと思って、ビル出たらいきなり声かけられてん。しかも、ちゃんとうちの名前知ってんの」
「・・・なんやそれ・・・」
「さー・・・?んで、なんか、急に、誤解しててすいません、みたいなこと言われて」
「は・・・?」
何を誤解することがあるねん。
秋吉は怪訝な顔をする。
「しかも、最後に、秋吉さんとお幸せに。って言われてん・・・」
「っは・・?げほっ」
「ちょ・・・大丈夫!?」
急にむせた秋吉の背中を叩きながら、千朋が店員を呼んで水を用意してもらう。
・・・なんで・・・
「なんで俺らのことまで知ってんねん・・」
水を飲んで落ち着いて、酔った頭をフル回転させる。
が、何も心当たりが無い。
一瞬、千朋目当てで近づいてきた男かと思ったが、不穏な芽は早々に排してきたのでまずそんなはずは無い。
もちろん、自分にも心当たりがあるはずもなく・・
考えてみても埒が開かない。
ちょうどグラスも空いたことやし・・
時計は22時を回っている。
秋吉は伝票片手に立ち上がった。
「帰ろかぁ」
明日は金曜だし、このまま千朋を連れて帰るワケにもいかない。
本音を言えば、毎日でも連れて帰りたいけれど。
彼女の両親への印象を良くするためにもここは涙を飲んで、タクシーを拾う。
「電車で帰れるでー」
ケロッと言った彼女の手を握って一言。
「あかん。あの前の公園も暗いし、なんかあったらどないすんねん」
反論する隙を与えずタクシーに乗り込む。
繋いだままにしておいた、手のおかげで千朋は少し眠たげな表情のまま大人しく秋吉の肩に凭れてしまっている。
いつもは運転席と、助手席のふたりなのでこうやって後部座席で並んで座るのは珍しい。
「明日起きれるかなー・・・」
「朝起きたら、電話するわ」
「んー・・・」
小さくあくびをして、千朋が頷いた。
膝の上に載せてある繋いだ手に視線を落としちょっと顔を顰める。
え・・・なに?
一瞬ドキっとしたら、次の瞬間千朋の手がすり抜けていった。
そして、左腕を持ち上げられる。
「どないした?」
「・・・」
無言のまま自分の右腕を絡ませるとそのまま額を肩にぶつけられる。
次いで、指先同士を絡ませる。
ああ、繋ぎ方が違うかってんな・・・そう思ってみたら、家でも大抵こうしてるわ・・慣れって怖いな・・・
一瞬手が離れただけで動揺した自分を情けなく想いつつ、秋吉は千朋の髪を耳にかけてやる。
平日の夜のせいか、車は順調に流れていた。
信号にも引っかかることなく、スムーズに千朋の家へと向かっていくタクシー。
ぼんやり外を見ていた千朋が、目的地に気づいてこちらを見上げてきた。
「うち後ええのに!先に俊哉の部屋行った方が近いやん」
確かに、秋吉のマンションの前の道を通って千朋の家に向かうコースが最短だ。
元来た道を戻ることになるので、2度手間になる。
「ええねん。先に降りたら、千朋からメール来るまで気になるやろ」
その方が長く一緒にいられるし。
「・・・心配症・・」
言葉とは裏腹に、繋いだ指に力が込められる。
その手を握り返してやる。
今の会話で目が覚めたらしい千朋が、凭れていた頭を起こして、髪を直した。
彼女のお気に入りのシャンプーの香り。
「・・・あ、さっきのさぁ」
「ん?さっきって・・ああ、変なぺっぴんな」
「そうゆーたら、人の名前ゆーててん・・・・・・えーっと・・・・隼人が・・・どーとか」
聞き覚えのある名前が飛び出して、秋吉は慌てて聞き返す。
「隼人、ゆーたん?その子」
「・・・う・・うん・・・」
「・・・・なるほどなー・・・」
意味深に頷いて、それっきり黙ってしまう秋吉。
「なになん?」
話が見えてきた。
恐らく、あいつの言っていた彼女に間違いない。
わざわざ会いに来たってことは、纏まったと見ていいだろう。
やるやん、河野・・・・
じっとこちらを見上げる彼女に向き直り思わず唇を寄せそうになって、思いとどまる。
つい、自分の車やと思って油断してまうなぁ・・
信号を気にしないで良い変わりに、運転手の目を気にしなくてはいけない。
やっぱり車は自分で運転するに限る。
「・・・確認したら、明日教えたるわ」
「明日なん?」
「うん、明日な」
いつもの道に入り、千朋の家のすぐそばに車は止まった。
静まり返ったお馴染みの住宅街。
タクシー代を出そうとした千朋を、押しとどめて一緒にいったん外に出る。
「目の前やから、大丈夫」
「うん」
返事はしたものの、まだ指を離そうとしないので、千朋がこちらを見すがめる。
ちらりと辺りを窺うが誰もいない。
指を離して、千朋の肩を抱き寄せる。
反射的に目を閉じた彼女に唇を重ねた。
いつもの、ほんの何分の一のキス。
「おやすみ」
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