第6話 甘くないのもお好みですか?

甘くないのもお好みですか?


・・・いーえ、甘い方が断然好みです!!


だけれど・・・・甘さにも限度ってもんがあります。



たとえばコーヒー。


ブラックはあり得ない。


ミルクとお砂糖たーっぷりで。


たとえばケーキ。


生クリームに、甘いスポンジ。


真っ赤なイチゴのトリプル攻撃。


たとえば香水。


柑橘系のさわやかな匂い好きだけど。


やっぱり愛用してしまうのは、フローラル系の女の子らしい香り。



でも・・・・こーゆうのはどうなんだろう?


河野さんって、こんな人だったっけ?



日曜の夜、デート帰りに寄ったのは雰囲気のあるおしゃれなカフェだった。


薄暗いランプの間接照明だけが店内を彩る、窓際の席。


大窓の向こうには綺麗な夜の海と、ライトアップされた大橋が映し出されている。


カップル向けのソファ席だから、まわりの視線は気にならない。


とはいえ、くつろげるかと言われれば答えは否。


経験値が明らかに不足している真里菜は、さっきから居心地悪げに身動ぎを繰り返している。


アイスのトロピカルティーを一口飲んでチラリと隣の、彼氏、を見上げる。


その視線に気づいた河野は、口元に笑みを湛えたままで真里菜の肩を緩やかに抱き寄せた。


砂糖をまぶした甘ったるい視線は、後輩だった時には貰えなかったもの。


嬉しいけれど、やっぱり慣れない。


視線を泳がせる真里菜を鷹揚に見下ろして、頬を緩める河野は、完璧な彼女仕様の顔だ。



大学時代のサークルメンバーと一緒にいるときの彼は、物分かりの良い先輩、という態度を絶対に崩さない。


誰に対しても、優しくて、面倒見が良い。


真里菜1人だけ特別というのはあり得なかった。


もちろん、可愛がってもらっていたとは思う。


自分でも手のかかる後輩だったと自負している。


後輩達からも世話を焼かれる頼りない先輩だった。


でも、こんな、特別扱いされたことは無かった。


これまで一回だって、無かった。


肩に回された手に流されるまま、彼に体を預けてしまっている自分に驚く。


ちゃんと知らない筈の河野の手のひらがしっくりくるなんて。


「疲れた?」


グラスをテーブルに戻した途端、指先を握られる。


運転していた彼の方が疲労は溜まっているはずだ。


「だ・・だいじょうぶ・・・で」


す、と言おうとしたら、唇に指を押しあてられた。


そして、とどめに、シー、の一言。


「敬語使わない」


「・・・・・・・あ・・は・・うん」


緊張と、焦りと、訳の分からない感情が入り混じって、ぶんぶん頷く。


小さく笑った河野は、指を頬に移動させる。


・・・こ・・・これはどーしたら・・・?


困惑気味の真里菜の耳に、足音が聞こえてきた。


そして、躊躇いがちな声。


「失礼します、ジェラートのベリー添え、お持ちいたしました」


「!!」


真里菜は慌てて体を離そうとする。


河野が当然それを、許すはずもなく。


なんとか頬に触れていた指を、掴むことには成功した真里菜の目の前に、ブルーベリーソースが鮮やかな白磁の皿が置かれる。


ミントの葉もさわやかな一品。


けれど、それをゆっくり眺める余裕も無い。


掴んだ指先は、いつのまにか握り込まれている。


店員はマニュアル通り会釈して、そそくさと席を離れた。


すれ違いざまに感じる、羨ましいなぁの視線。


嫉妬と羨望の入り混じったそれは、この人のそばにいる女性なら一度は刺さったことがあるはずだ。


そこに居るだけで、注目されちゃう人なのよ・・・


精悍な印象を与える、整った顔。


それが、ふっと緩んで、柔らかい表情になる瞬間、そのつど、ドキンとするのだ。


その、視線の先に自分がいることが信じられない。


あんなキスした後だって、わかってても。


まだ、夢じゃないかと思う。


・・・思って・・・しまう・・・・



「・・・・真里菜?」


ふいに、顔をのぞき込まれて、後ろに下がれないことを忘れて、腰を浮かせてしまう。


背中にあたった背もたれと、彼の手。


「あ・・・なに?」


目を合わせるのも、慣れてないのに、こんな至近距離で見つめられるとどうしようもない。


考えることすべて、放棄したくなってしまう。


「急に黙るから・・・考え事?」


「・・・こ・・・この状態が・・・まだ・・・信じられなくて・・・」


「それでこんな緊張してるの?」


「だ・・・だって・・・・」


顔は火照って頭はごちゃ混ぜマーブル模様。


言葉に詰まった真里菜の頬をこれ幸いとかすめ取っていく河野の幸せそうな顔。


唇が離れた瞬間に、真里菜が飛びあがった。


「こっ河野さん!」


「緊張溶けたかな?」


「とけません!」


「・・・・すぐに慣れるよ」


「安請け合いしないでください!」


敬語禁止も忘れて、勢いよく届いたばかりのジェラートにスプーンを突き刺す。


程よく溶けたバニラジェラートとブルーベリーソースが綺麗に混ざりあう。


唇に触れたスプーンの冷たさが心地よい。


唇まで熱いなんて・・・


どこまでこの人のこと好きなんだろう。


隣にいるだけで、こんななのに。


これ以上近づいたら・・・・いったいどうなっちゃう?


・・・いや、まって、違う。


これ以上って、ナニ、なに、何!?


頭の中に生まれた小さな映像をすぐに大きいバッテン印で取り消して。


真里菜は3口目のアイスを口に運んで、河野の相変わらず甘さ全開の視線に捕らわれた。


・・・・えーっと・・・・


「食べる?」


「うん」


即座に返ってきた返事。


けれど、差し出したスプーンはいつまでたっても彼の手のひらには収まらなかった。


だから・・・


一瞬迷って、左右の席に目をやる。


両隣もカップルシート。


右横は空席。


左横は・・・・あ、はい。お邪魔しました・・この時間帯って・・・っていうか、こーいう席ってみんなこんなもんなのかしら?


寄り添い合うカップルを横目に、目の前の整った顔に視線を戻す。



・・・こんなカップルみたいなこと・・・


とそこで自分たちもそのうちの一組のカップルだと思い至る。



冷静に突っ込む自分に感心しつつ、勇気を出して、バニラアイスを彼の口へ。



・・・なんでそんな嬉しそうなの?



「こういうことしたくない人かと思ってました」


呟いたら、河野が先日のデートの別れ際と同じ、離れられなくなりそうな、強い光を宿した目で、笑う。


「相手による」



・・・・甘いのも・・・・お好みです・・・・



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