四、絵の暮らしと当初の目的

 家に着いた男は、早速絵を壁に貼った。


「……これでよし、と。やっぱり素敵だな……」


 男はそう呟くと、うっとりとして絵に見とれる。


(……そんなに見られると、照れちゃうねぇ)


 おこんは少しだけ照れていた。

 それからというもの、男は毎日のようにお紺の絵を見ていた。そして、まるで生きている人間に話しかけるように、その日の出来事などを絵のお紺に話して聞かせた。


「今日は、仕事帰りに珍しい花を見つけたよ。ほら、これがその花だよ」


 男は手に持った小さな白い花を見せた。お紺は絵の中からそれを見た。


(あら、かわいいねぇ)


 お紺は嬉しくなった。

 それからも男は絵に話しかけ続けた。時には笑いながら、時に悲しげな様子で……。お紺は始めこそは戸惑ったものの、次第に慣れてしまった。

 そこで、お紺はこの男が一人暮らしの独り身であることを知った。


「僕はずっと一人だったけど、君が来てから寂しくなくなったよ」


 男は嬉しそうな声で話す。


(……あたしもあんたと会えて嬉しいよ)


 お紺は男につい声をかけそうになっしまうが、ぐっと我慢する。

 男はその後も、絵のお紺に色々な話をしてくれた。ある時は、お紺の容姿について褒めてくれたりもした。また別の日には、自分の好きな食べ物の話をしたりもしていた。

 男の話はどれも楽しく、お紺は飽きることなく聞いていた。



 そんなある日。お紺は自分が男を騙そうとして絵に化けたことを思い出した。


(ああっ!うっかりしてたわ!ついつい楽しかったものだから……)


 お紺は後悔したがもう遅い。今さら化けてましたなんて言えないのだから。


(どうしようかね……)


 お紺は悩んだ。このままではいけないことはわかっている。しかし、どうすれば良いのかわからない。だが、男は仕事に出ていて留守にしていたため、とりあえず変化を解くことにした。

 ……が、そこへ外から声がかけられた。


「おーい、佐助さすけ!佐助はいないのか?」


 驚いたお紺は、慌てて絵に戻った。


「あれ、留守か。仕方ない……」


 声の主は帰って行ったようだ。


(ふう……危なかった……。ここの男の名前は、佐助というみたいだね……)


 思わぬ形で男の名前を知ったお紺は、変化を解いて人間の女の姿になった。絵に描かれた女の姿だ。


「これなら、ここにいても怪しまれないかね」


 お紺は、ひと息ついてから部屋を見回し、思わず声をあげてしまった。


「なんだい!?この部屋は!」


 絵に化けていた時は気づかなかったが、佐助の住む部屋はとても散らかっていた。足の踏み場もないくらいだ。


「これはひどいねぇ……」


 お紺はため息をついた。


「まったく、世話のやける男だね!」


 お紺はそう言うと、部屋の片付けを始めた。

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