27. 琴乃vs心春 FINAL ROUND 前編

「俺、美鈴みすずに聞きたいことがあるんだけど……」


「どうしたのいきなり?」


「俺、琴乃ことのに甘すぎるかなぁ?」


「甘い」


「即答!?」


「どう見ても馬鹿親じゃん!」


「それを言うなら親馬鹿! 親馬鹿と馬鹿親じゃ微妙に意味が変わってくるから!」


「どっちも馬鹿なのは変わらないじゃん」


「くっ……!」


「まぁ、別にいいんじゃない? 琴乃ことのはずっと楽しそうにしてるし」


「でも俺、親としてそれでいいのかなぁと思うときがあるんだ」


「じゃあ私が琴乃ことのに言いたくないこと言う係になるから、あなたは優しいお父さんでいてよ」


「そういう嫌な役回りだけをお前に任せるわけにはいかない」


「か、かっこいいこと言ってる! でも女同士でしか聞けないことあるだろうしなぁ。そのときは私が頑張るから」




●●●


 

 

◆  ◆



 今、考えると私は、康太ほど人格が別々になっていなかったんだと思う。


 確かに、泣くほど心配になることはあったけど、自分自身がいなくなるかもという嫌な感覚はそれほどなかった。


 多分、現代に転生したときから、私は康太こうたよりも心春こはるちゃんと一緒になっていたんだと思う。


 そう思えるのには理由がある。



 ――中身は違うときはあったかもしれないけど、同じ人を好きになったから。



 だから、前に言った“好き好きの波動”が似ているというのはあながち間違ってはいないと思っている。


 今日、康太こうた唯人ゆいととして大きな決断をした。


 これは康太こうた唯人ゆいととして生きていく、最後の決意表明のようなものだったのだろう。


 私もこれから木幡こはた心春こはるとして、唯人ゆいと琴乃ことのと一緒に生きていく。 


 そのために、私はとして琴乃ことのと話さないといけないことがあった。




※※※




「自分から逃げた癖にそんなところで待ってるんだから」


 屋上から逃げた琴乃ことのが、学校の正門前でこっそり私たちの帰りを待っていた。


「うっ……」

「だったら逃げなきゃいいのに」

「だ、だって、実際に付き合うってなるとどうするか分からないんだもん!」

「あれだけぐいぐい言ってたくせに!」


 自分からの好意は全力で向けるくせに、に異性としての好意を向けられるとこの子はこんな感じになっちゃうのかぁ……。

 昔、康太こうたとやっていたゲームを思い出す。

 攻撃力にだけにステータスを振って、防御力がぺらぺらになっているタイプだ。


琴乃ことの、ちょっと唯人ゆいと抜きで話したいことがあるんだけど」

「え゛ぇっ!?」


 その言葉に真っ先に反応したのは唯人ゆいとのほうだった。


「すっごく心配なんだけど!」

「いいからいいから! 女同士の話だから男は入ってこないで!」


 焦った顔をした唯人ゆいとを知らんぷりして、琴乃ことのの手を引っ張る。


「ちょっと体育館裏にきなさい!」

「えぇえええ!? 絶対にいじめられる気がする!」

「いじめない! 絶対にいじめないから!」

「絶対に信用できないやつじゃん!」


 そのまま私は唯人ゆいとを置いて、琴乃ことのと一緒に体育館に向かった。




※※※




 二人で体育館裏にやってきた!


琴乃ことの!」

「は、はい!」


 私のただならぬ気配を察して、琴乃ことのの背筋がピンと伸びた。


「ど、どうしたの? 今日の心春こはるちゃん怖い顔してるよ」

「あなたとは今まで何回もやり合ってきたわね!」

「そ、それはそうだけど」

唯人ゆいとは私のもだと言わんばかりに!」

「だ、だって誰にも取られたくないんだもん! 私だって喧嘩したくて言ってるわけじゃないんだよ!」


 琴乃ことのが頭を抱えてうずくまってしまった。


「そ、そういう心春こはるちゃんだって……」

「今日はその言葉は買わないわよ!」

「うっ」


 琴乃ことのの目が泳いでいる。


 ……その仕草が可愛くて仕方がない。


 私の自慢の娘だった子。

 初めて他の何よりも優先したいと思った子。

 たまに私に生意気なことを言ってくるのすら愛おしかった子。


 甘えん坊で、泣き虫で、よく笑って。



 ――そしてお父さんがとても大好きだった子。



琴乃ことの……大切なことを聞きたいんだけど」

「大切なこと?」

「私は、ずっとあの人のことが好きだった。だからあの人と異性として一緒にいたいと思ってる」

「う、うん」

琴乃ことのもそうなの? 本当に?」

「当たり前だよ! 私だって唯人ゆいと君のこと大好きだもん!」

琴乃ことの……」


 琴乃ことのは私の本当に言いたいことが分かっていないようだった。


「違うよ琴乃ことの。私が言いたいのはそうじゃないの。今は違うかもしれないけど、琴乃ことのはお父さんだった人を異性として好きなの?」

「えっ?」


 私は既に答えが分かっていることを琴乃ことのに聞いた。

 けど、本当に言いたいのはここではない……。


 これは嫉妬などでは決してない。

 でも、私はこの子が前に進むために大切なことを聞かなければならない。


 本当はこんなこと言いたくない。

 この子のトラウマを刺激するようなことは絶対に言いたくない。


 でも……。



(力を貸してね心春こはるちゃん)



 ――この子の母親であった私は、この子に一番つらいであろう言葉を聞かなければならない。



琴乃ことの、よく考えて。それを受け入れると琴乃ことのが大好きだったお父さんじゃなくなっちゃうかもしれないんだよ?」

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