30. お父さんから大好きなあなたへ

琴乃ことの、ちょっといいか?」


 文化祭を一通り見て回り、四人で屋上で休憩をしていた。

 辺りにはちらほら、カップルらしい学生の姿が見える。


「どうしたの?」

「ちょっと渡したいものがあるんだ」

「渡したいもの?」


 琴乃ことのが不思議そうに首をかしげた。


 この屋上は俺にとって特別な場所になっていた。


 美鈴と付き合った場所。

 美鈴へのプロポーズが成功して初めて、みんなにお祝いしてもらった場所。


 美鈴と再会した場所。

 

 そして今の俺が好きな人に告白したところ。


結奈ゆいなちゃん! ちょっとトイレに行こうよ!」

「えっ!? 別にいいですけど……」


 心春こはるが何かを察して、席を外してくれた。


「えっ? どうしたの?」

琴乃ことのにこれ渡しておきたくて。いや、別に今じゃなくていいんだけどさ、なんとなくこういうイベントのときに渡したほうがいいような気がして」


 俺は琴乃ことのに自分の日記帳を渡した。

 結奈ゆいなから誕生日プレゼントでもらったやつだ。


「どうしたのこれ?」

結奈ゆいなからもらった日記帳。ここ数ヶ月、色々あったけど俺が父親として感じたことをここに書いておいたんだ」

「何でそれを私に渡すの?」

「昔の俺の気持ちも琴乃ことのに知っておいてほしかったから」


 この日記帳には、俺が感じた気持ちを素直に書いていた。


 題は“お父さんから大好きなあなたへ”


 自分が消えてしまうと思ったときに、父親としての琴乃ことのへの気持ちを書いておいた。


「まぁ、琴乃ことのに持っていてほしいっていう俺の我が儘でもあるんだけど」

「……分かった」


 琴乃ことのが日記帳のページをめくろうとする。

 ……が、すぐに手が止まった。


「今は見ないでおくね」

「そっか」

「今の私は見ちゃダメなような気がする」


 琴乃ことのが大切そうにその日記帳を胸に抱えた。


「もしかして後悔してる?」

「後悔? 何を?」

「私たちに告白したこと」

「まさか」

「私、今が一番幸せだよ?」


 琴乃ことのがにっこりと微笑んだ。


 俺だって幸せだ。

 当然、後悔だってしていない。


 でも、大好きなこの子にそういう自分がいたことも覚えていてほしかった。


 家族だからとか異性としてだからとかそういう関係性からくるものだけじゃなくて……。


 ――ただただ純粋に古藤ことう琴乃ことののことを愛していた自分のことも覚えていてほしかった。



琴乃ことの

「どうしたの?」

「愛してるよ」


 今日も俺はこの子にその言葉を伝えた。


 いつまでも昔の自分に引っ張られててはいけない。

 

 だって俺はみんな幸せにするって誓ったんだから!

 そのために現代に転生したのかもしれないのだから!




※※※




◆ 古藤ことの琴乃ことの ◆



 唯人ゆいと君が少し寂しそうな顔をして、私にその言葉と日記帳を渡してきた。


 日記の中身が気にならないといえば嘘になるけど、これは今の私は見てはいけないような気がした。


 私が大人になった時に見るべきなんじゃないかなぁと直感で思った。


「なんか湿っぽくなっちゃったな」

「わ、私ね……!」


 最近の私は、前みたいに唯人ゆいと君と上手にお話ができなくなってしまったていた。


 唯人ゆいと君と一緒にいると、前以上に胸がドキドキしてしまうのだ!


 今、私は寂しそうな顔をした唯人ゆいと君に何かを言わないといけない!

 言わないといけないのに私の口は全然動いてくれない!


「わ、私!」

「どうした? 落ち着いてからでいいよ」


 私は……!

 私は全部含めて……!


唯人ゆいと君! 私ね――」


 何か言わないと……!

 唯人ゆいと君が私の言葉を必要としている!


 お父さんの娘だった私が……!

 唯人ゆいと君の彼女としての私が……!


 唯人ゆいと君に何かを言わないといけないのに!


「私……!」


 口が上手く回らない!

 気持ちだけが焦って、何も出てこない!


 そんなことしなくても、お父さんはお父さんだよって!

 唯人ゆいと君は唯人ゆいと君だよって!


 私はどっちも大好きで、どっちの恋人になれて嬉しいって言わなきゃいけないのに!


 もう一度、今が一番幸せだって言わないといけないのに!


唯人ゆいと君! 私ね……!」

「どうした?」

「私ね!」

「だ、だから落ち着けって」


 頭がぐるぐるする!

 心臓が飛び出るかと思うくらいに胸が高鳴っている!


「私っ!」


 自分が思っていることをちゃんと唯人ゆいと君に伝えないと!!


唯人ゆいと君、私っ!」


 自分の素直な気持ちを唯人君に伝えないと!


 私を支えてくれたみんなに恩返ししたい! 

 そんなみんなに私は幸せになってほしいと思っている!

 今度こそ唯人ゆいと君たちにも幸せになってほしいと思ってる!


 私はそのことを唯人ゆいと君に伝えないといけない!


「私は! 私はっ!」


 私の気持ちを!


 私の純粋な気持ちを――!


 大きく息を吸い込む。

 お腹に力を入れて、私が思っている言葉を口に出した!!

 




「私っ! 唯人ゆいと君の匂いが嗅ぎたい!!!」




 ――屋上に、静寂が走る。


 あれ?


 わけがわからなくなりすぎて、変な言葉を出してしまった気がする。

 混乱しすぎて、自分で何を言ったのか全然分からなくなってしまった。

 いつも思っていることが口から出たはずだけど……?


「……」

「……」

「……」

「ぷっ」


 その静寂を破ったのは、唯人ゆいと君の笑い声だった。


「あははははははは! なんでこのタイミングでそれなんだよ!」


 唯人ゆいと君が顔をくしゃくしゃにして笑っている!


「ち、違うの! ただ思ったことが」

「あーーお腹痛い! どんなタイミングで……」


 私の顔は真っ赤になっていたと思う。

 唯人ゆいと君がこんな風に笑うの初めて見たかもしれない。


「あはははははは!」

「も、もーーー! 笑い過ぎだよ!」

「ほら、こっちおいで琴乃ことの

「えっ?」


 唯人ゆいと君が両手を広げて、私を待っていた。

 私は恐る恐るその手の中に入っていく。


 昔とは違う、少し大人のぎゅーだった。


「えへ、えへへへへへ」


 つい表情が崩れて、声が出てしまった。


 好きってパワーって本当にすごい!

 どんなつらいことでも乗り越えていけそうな気がする!


 お父さんから大好きなになるように……これから頑張らないといけないなぁ。


「ふへへへへ」

「だ、大丈夫か琴乃ことの? 変な声出てるけど……」

「えへへへへ! 唯人ゆいと君の匂いがするぅ……!」











第三章「同級生大戦争 ~今の俺vs昔の俺~」編 完






「現代に転生したら前世の娘が同級生だった件。娘がぐいぐいくるが攻略しません、攻略もさせません。」 後日談に続く!

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