13. 今度は私も一緒に

「じゃあおばあちゃん、私は二人と一緒に寝てるからねー!」

「はいはい」


 琴乃ことのが部屋の襖をぴしゃりと閉めた。


「……」


 狭い部屋にはぎっちりと布団が並べられている。


 おかしいなぁ。

 なんか少しドキドキしてきた。


「これ誰が真ん中?」


 心春こはるも白いパジャマに着替えて、布団の上でぺたりと座り込んでいた。


琴乃ことのだろ。昔はそうだったじゃん」

「えっ!? 唯人ゆいと君じゃないの?」

「絶対に琴乃ことの


 ここは絶対に譲るわけにはいかない!

 今の俺の状態で二人に挟まれるのは絶対に良くない!


「いいね! 昔みたいで! じゃあ琴乃ことのが真ん中ね!」


 心春こはるがすこぶる嬉しそうな声を出していた。




※※※




「……」


 二人の衣擦れの音が聞こえる。

 息遣いが凄く近く感じる。


 そのことにドキドキしてしまっている。


 こんな思春期みたいな反応をすることになんて……。

 大体、琴乃ことのとは転生してからも一緒に寝たときがあるはずなのに。


 ……それにやっぱり怖い。


 琴乃ことのもオフクロも協力してくれるけど、やっぱり心配だ。美鈴みすずが今のままでいられるかすごく心配だ。


「眠いけど寝れない!」


 俺の気持ちを察したように、奥の布団から心春こはるの声が聞こえてきた。


「同じく……」


 俺も心春こはるの言葉に続く。


「ねぇねぇ、三人でもっとくっつきたいよ~」

「それはやだ」


 心春が甘えたような声でそんなことを言ってきた。

 だから、今の俺が二人にくっつくなんてできるわけないだろう!


 大体、俺は二人の寝間着姿を唯人に見られるのも嫌なくらいなのに!


「もー、また色々考えてる」


 真ん中の布団にいる琴乃ことのがもぞもぞと俺の布団に侵入してきた!


「お、おい!」

「はい、心春こはるちゃんも」


 琴乃ことの心春こはるの布団に向かって何かをしている。


「う、うわっ」


 心春こはるの声が近づいてきた。

 どうやら心春こはる琴乃ことのに引っ張られてこちらにやってきたようだ。


「えへへへ~、楽しいなぁ」

「もー、いつも強引なんだから」


 心春こはるが優しい顔つきで、琴乃ことのの体を抱きしめていた。


「……本当に大きくなったねことちゃん」

「うん、大きくなった」

「昔はこんなに小さかったんだよ。三人で寝る時だって、布団は一枚で十分だったんだから」

「け、結構、ぎゅうぎゅうで寝てたんだね」

「狭いアパートだったからね」


 心春こはるが思い出話を始めた。


「あなたが生まれたときは、赤ん坊のあなたよりもこの人が泣いていたのよ」

「本人を前にめちゃくちゃ話を盛るじゃん」

「そんなことないし、めちゃくちゃ泣いてたし」

「それは否定しないけどさ……」

「けど嬉しかったなぁ」


 琴乃ことのは俺たちの話を黙って聞いていた。

 

「あなたが初めて立ったときは転ばないようにって、ずっと後ろをつけ回してたのよ。本当にストーカーみたいだった」

「最後の言葉は絶対にいらないよな!」

「だって~」


 心春こはるが笑いながら話を続ける。


「あなたが風邪で熱を出した時は、この人も顔を真っ青になっちゃってね……、慌てて救急車を呼んじゃって笑いものになったときもあったなぁ」

「仕方ないじゃん! 琴乃ことのってあんまり熱を出す子じゃなかったから!」

「うん。ものすごーく心配した」


 心春こはるが俺のほうに手を伸ばしてきた。

 まるで、琴乃ことのごと俺を抱きしめるように精一杯に手を伸ばしてきた。


「色々あったけど、私もあなたのお父さんもずっとあなたを愛してるよ。どんなに喧嘩してもずっと大好きだよ」


 心春こはる琴乃ことのにそう呟いた。


「……」


 俺は、その言葉がまるでお別れを言っているように聞こえてしまった。


美鈴みすず――」

「お父さん、お母さん」


 俺が心春こはるに声をかけようとしたら、さっきまで黙って話を聞いていた琴乃ことのが真剣な声色で俺たちに声をかけてきた。




※※※




「そんなに心配しなくても大丈夫だよ。二人がもしそうなったら、今度は私も一緒に行くから」

「えっ……?」


 一瞬、琴乃ことのが何を言っているのか分からなかった。


「私、二人がいなくなってからずっとうじうじしてた。おばあちゃんも叔父さんもみんな優しくしてくれたし、クラスメイトや周りの人たちだって私にとても良くしてくれた」


 琴乃ことのが仰向けになって話を続ける。

 どこか遠い目をしていた。


「でも、あのときの私は本当にそんなことどうでも良くて……。早く私も二人がいるところに行きたいって、ずっとそんなことばかり考えてた」

琴乃ことの……」

「私、今日の川辺で告白したでしょう? 実はお父さんがお母さんにあそこでプロポーズした場所っていうの知ってたんだ。二人の大切な場所なら、いつか私も二人に会えるような気がしたから」

「……」

心春こはるちゃんが私に楽しいって気持ちを思い出させてくれた。唯人ゆいと君が私に好きって気持ちを教えてくれた。今は、もう二人と別れるなんて考えられない。だから――」


 琴乃ことのが自分の心中を明かしてくれた。


 今は、真っ直ぐで天真爛漫な子に見えるけど、その実は鬱屈した気持ちをずっと抱えて生きてきた女の子だった。


 今までも断片的にその話はしてくれていたけど、今日初めて、そのことをはっきりと俺たち親の前で話してくれた。


 俺たちのせいで……。

 そのことが本当に申し訳ない。


 大切な娘に、そんなことを言わせてしまっている自分たちにどうしようもなく腹が立つ。


 悲しくて胸が張り裂けそうになる。



琴乃ことの! 心春こはる!」


 いつの間にか頬には涙が伝わっていた。


 俺は、隣にいる琴乃ことのごと二人のことを抱きしめてしまっていた。


 二人が愛おしくて愛おしくて仕方がない。



(「私と琴乃ことのはこれから唯人ゆいとに沢山幸せにしてもらうんだから! お兄ちゃんの入る隙なんてないんだからね!」)



 ――海に行ったあの日。


 美鈴みすずと誠兄ちゃんが現代で再会したあの日。

 俺は美鈴みすずのこの言葉にちゃんと答えることができなかった。


 美鈴みすずがそう言ってくれたように……。

 琴乃ことのが何度も俺を好きだと言ってくれたように……。


 俺も未来の出来事を二人と約束したい!


「俺が必ずお前たちのこと幸せにするから! これから大人になっても……! おじいちゃんになっても、おばあちゃんになっても! 絶対に二人のことを幸せにするから! だから二人ともそんなことを言わないでほしい!」


 自分のために……。

 前世の嫁のために……。


 何よりも自分よりも大切な娘のために!


 俺は絶対に唯人自分に負けるわけにはいかなくなった!


 急にきたまどろみの中で、そのことだけは絶対に忘れまいと心に刻み込んだ。

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