14. 宣戦布告と唯人の真実!

 白い空間に一人でぽつんといた。


 俺はここに一度来たときがある。


 俺の目の前には、見慣れた男の子がぽつんと立っていた。


「……ぐすっ」


 男の子からすすり泣くような声が聞こえてきた。


「泣いてるの?」

「すいません。俺のせいでこんなことになって」


 本物の唯人ゆいと君だった。


「いや、君のせいではないだろう」


 唯人ゆいと君が目を真っ赤にしたまま、ようやく顔を上げた。


「でもな! 俺は君に言いたいことがある!」

「はい」

「もう知ってると思うが、俺には大切な嫁も娘もいる! 俺はこの二人と添い遂げたい! 君が俺が邪魔でこの体から、俺のことを消したいというなら俺は全力で抵抗しないといけない!」

「はい?」

「宣 戦 布 告 ! お前なんかに娘も嫁もやれるかーーーーー!」


 喉が痛くなるくらいにその言葉を力強く叫んだ!

 夢だから実際に痛いかどうかなんて分からないけど!


「大丈夫ですって。俺もう死んでますし」

「そうそう! 死んでも渡すかって! ……って、ん?」


 唯人ゆいと君から衝撃的な言葉が飛び出たような気がした。


「今なんて言ったの?」

「大丈夫だって言いました!」

「いや、そのあとの部分!」

「死んでるって言いました!」

「はぁあ!?」


 唯人ゆいと君が表情を変えずに、そのことを告げてきた。


「ど、どういうこと!?」

「俺、もうとっくに死んでるんですよ。琴乃ことのさんがいつもいた川の氾濫に巻き込まれて」

「えっ!? えぇえ!?」

「折角、高校に受かったのになぁ……」


 唯人ゆいと君がよく分からないことを言っている。

 理解が全然追い付かない。


「えっ? じゃあ木幡こはた心春こはるは?」

「きっと俺と一緒に」

「……」


 どういうこと?

 何が起きて、何でそうなったのかさっぱりだ。


「意識不明の学生の話って聞いた時ありませんでした?」

「わ、分からないよ! 俺の意識がはっきりしたのは琴乃ことのと会う少し前だし!」

「じゃあ無意識に事故のことは思い出さないようにしてたのかな? 自分の死因ってトラウマでしかないですもんね。康太こうたさんならよく分かると思うけど」


 全てが初耳だ。


 やばい……。

 唯人ゆいと君の言うこと全てに混乱してしまっている。


「母さんって、最初に康太こうたさんが琴乃ことのさんを守るために骨折したときも病院に来てくれなかったでしょう?」

「えっ?」

「あの人はそういう人なんですよ!」

「待って待って! 最初から! イチから説明してもらえる!?」

「えー」


 唯人ゆいと君が明らかにめんどくさそうな顔を浮かべていた。


「高校入学前の三月だったかなぁ。大きな洪水がありまして」

「うん」

「いつも琴乃ことのさんがあの川辺にいるので心配で見に行っちゃったんです」

「う、うん」

「そしたら、どんぶらこーどんぶらこーって」

「自分の死因をそんなに軽く語るやつがいるか!」

「めんどくさいなぁ。多分、あなたたちに影響されたんですよ」


 唯人ゆいと君がそのまま話を続ける。


「別にそのことで誰かを恨んでいるとかはありません。あえて言うなら、自分が馬鹿だったなって」

「な、なんで……」


 唯人ゆいと君が本当に何も気にしてないような顔をしてやがる。


 分からない。

 自分のことなのに唯人自分のことが全然分からない。


「い、いいのか!? 君はそのままでいいのか!?」

「さっきは宣戦布告してきたくせに」

「それはそうだけど!」


 唯人ゆいと君が無表情で俺のことを見つめていた。


「俺、康太こうたさんには本当に感謝してるんですよ。康太こうたさんのおかげで家族の暖かさというのを知ることができました。今も康太こうたさんの家族への深い愛情を感じて感動してました」

「……」

「ずっと家族というものに憧れがあったんです。俺に“お父さん”ってずっといなかったから。俺も母さんと、康太こうたさんたちみたいな家族の関係を築けたらなって……。そんなこと言っても遅いか」


 唯人ゆいと君が遠い目をしている。

 見慣れた顔のはずなのに、とても幼い顔に見えてしまった。


「……なんで琴乃ことののことをそんなになるまで心配してくれてたんだ? 君だって、そんな風に思う家族がいたんだろ!?」

康太こうたさんと同じ理由じゃダメですか?」

「えっ……?」

「誰かに何かをしてあげたいって気持ちに理由なんてないんじゃないかなって……。それが家族でも好きな人でも友達でも」


 唯人ゆいと君が初めて俺に心の奥底を見せてくれたような気がする。


「多分、これから、俺の気持ちと康太こうたさんの気持ちは一緒になっていくと思います」

「えっ」

康太こうたさんがベースだと思いますけど、俺の気持ちも少しは――」


 唯人ゆいと君がそう言うと、意識が段々と混濁していってしまった。




●●●


 


 隣のぬくもりで目が覚めた。


 琴乃ことのが俺の腕の中ですぅすぅと眠っている。

 心春こはるがいつの間にか、俺の背中にぴったりと寄り添うにように寝ている。


 俺の頬には涙が伝わっていた。これが誰の涙なのか分からない。


 湯井ゆい唯人ゆいと古藤ことう琴乃ことのに恋をしていた。

 


 ――そして、家族というものに強い憧れがあった。



 色んな気持ちが混ざり合って、ぎゅっと胸が締め付けられてしまった。

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