16. 開戦! 唯人vs現世の母

「オフクロ! 腹減った!」


 朝になり、俺たちは居間に戻った。


「なんだいいきなり」

「昨日、夕飯食わないで寝たから! 唐揚げ食べたい!」

「朝からそんなのあるわけないだろう」


 オフクロが仏壇にお線香をあげながら、俺にそう答える。


「私、朝からあぶらものはいい……」


 琴乃ことのが目をこすりながら、俺の言葉に続く。


「なんだい、琴乃ことのはまだ眠そうだね」

心春こはるちゃんが疲れさせるから」


「それは私の台詞よ!」


 心春こはる琴乃ことのの首根っこをつかむ!

 琴乃ことのが猫のように首をすくめた。


「やだ! そこくすぐったい!」

琴乃ことのがそういうこと言うから! 琴乃ことのの弱点は全部知ってるんだからね!」

「わ、私の弱点ってなに!?」

「首に、脇に、横腹に、おへそに背中! 全部くすぐったくなるでしょう!」

「うわぁあああん! なんで知ってるのぉおお!」

「親だから」


 それもう全部弱点なんじゃないかな……。

 今日は珍しく心春こはるが優勢だ。

 

唯人ゆいと君、助けてぇえ!」


 琴乃ことの心春こはるから逃げて、俺に抱きついてきた。


「だからべたべたしすぎって!」

「心春ちゃんがいじめるからだ!」

「うっ……」

「せっかく、みんなでまた会えたのに!」

「うぅ……!」


 琴乃ことのの泣き落としに心春こはるが大ダメージをくらっている。


「やっぱり、私は唯人ゆいと君のほうが好き!」

「うわぁああああん! お義母さーーーん!」


 今度は心春こはるがオフクロに抱き着いていた。


琴乃ことのが……琴乃ことのが噂の反抗期に!」

「よしよし、朝から賑やかだねぇ。私にはただの仲良しにしか見えないけどねぇ」


 心春こはるがオフクロに軽くあしらわれている……。


 本当に朝から賑やかすぎだよ、この家族。


「はぁ……。お腹すいた、風呂に入りたい」

「ご飯は用意しとくから、お風呂は自分で準備しな」

「へーい」


 オフクロはそう言いながら、キッチンに向かった。


「あー! 私も手伝いますよ!」


 心春こはるがオフクロの後に続く。

 昔からだけど、この二人に嫁姑問題なんてものは存在しないようだ。


 俺と琴乃ことのは居間に取り残された。


唯人ゆいと君、唯人ゆいと君」

「なんだよ、琴乃ことの

「昨日からキスしたことスルーしてるでしょう」

「……」

「ねぇ、一緒にお風呂入ろうよ」

「入りません」


 琴乃ことのが真顔でそんなことを言ってきた。




※※※




「さーて! 飯も食ったし、一回家に帰るか!」

「えぇえええ帰っちゃうの!? ずっと一緒にいられると思ったのに」


 琴乃ことのが半べそになってしまっていた。


「そもそも学校があるでしょうが」

「学校は今度でよくない?」

「よくない。二日連続でさぼることは許しません」

「えぇええええ!」


 琴乃ことのがいちいち大げさに驚く。


心春こはるはどうする?」

「私は琴乃ことのと一緒に学校に行くよ」

「分かった」


 心春こはるが心配そうに俺のことを見つめていた。


「話してくるの?」

「うん、ちゃんと話してみたいから」

「そっか、頑張ってね」


 心春こはるが一言だけ俺にそう返す。


「じゃあことちゃんは私と一緒に学校行きましょうね~」

「うわぁああああん!」

「まずはお着替えからだね~。脱ぎ脱ぎしようね~」


 琴乃ことの心春こはるに首根っこをつかまれて、着替えをするのに寝室に出荷されてしまった。


 だ、段々、遠慮がなくなってくなあいつ……。


「よし、じゃあオフクロ。俺ちょっと行ってくるよ」

「今日はこっちに帰ってくるのかい?」

「その予定」

「じゃあ夜は唐揚げを用意しとくから」


 俺は、湯井家自分の家に戻ることにした。




※※※




「ただいまー」


 自分の家に戻ってきた。


 結奈ゆいなちゃんは……ちゃんと学校に行ったようだった。


「母さんいるー?」

「はいはーい」


 香里かおりさんはリビングのソファーに座っていた。


「あれ? 学校は?」

「今日は休んだ」

「全く……最近は好き勝手にやって。学校に怒られるのは私なんだからね」

「ごめん、分かってる」


 俺も香里かおりさんの対面のソファーに腰を下ろす。


「どうしたの? そんなに真面目な顔をして」

「別に普通だし。お腹はどう?」

「うん、順調だよ」


 香里かおりさんが愛おしそうに自分のお腹を撫でていた。


「……母さん。俺、少し話がしたいんだけど」

「何よ、急に改まって」

「母さんって洪水のときのこと覚えてる?」


 そのワードを出すと、香里かおりさんが一瞬で険しい表情になった。


「……あれは大変だったわね。一週間もあなたは意識がなかったのよ? 流されてるところを、運よく自衛隊の人に見つけてもらったんだから。自分の運の良さに感謝しなさい」

「うん」

「……」


 会話が続かない。

 どうも香里かおりさんはその話はしたくないみたいだ。


 でも……。


「母さん」

「どうしたのよ、今日のあなた少しおかしいよ?」

「母さんなら分かると思うんだ。意識が戻った後の俺ってどうだった?」

「……どうって?」

「様子がおかしくなかった?」

「……」


 俺がそう言うと、香里かおりさんがうつむいてしまった。


「本当に今日はどうしたの?」

香里かおりさんが俺の親なら分かってるんじゃないかなぁと思って」




※※※




「ふぅ……」


 香里かおりさんが深く深呼吸をしていた。


 あまりこのことがストレスになって、お腹の子供に負担はかけたくない……。


 できるだけ穏便に話を進めないと。


「どうしたの? ふざけてるの?」

唯人がそういうことしないのは母さんならよく知ってるよね」

「……」


 香里かおりさんが、テーブルの上にある未開封のタバコを開けようとする。


 俺はそれ見て、香里かおりさんからタバコを取り上げた。


「お腹の子供に良くないよ」

「ごめん、癖で開けようとしちゃって」

「今だけなんで我慢してね」

「昔の唯人ゆいとはそんなに干渉してこなかったのにな」


 香里かおりさんがソファーに深く座り直した。


「ねぇ、あなたは“人生の主役が変わるとき”って言葉知ってる?」


 母さんさんがどこか自嘲気味に笑っていた。

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