11. そしてお泊りへ

 それからしばらくすると金髪の女の子がこちらに駆け寄ってきた。


「に、兄さん、これはなんでしょうか?」

「あっ、結奈ゆいなさん」


 琴乃ことのと一緒にいたはずの結奈ゆいなちゃんが、何故か遅れてやってきた。


「もしかして見てた?」

「何をですか?」

「見てないならいいけど……」


 結奈ゆいなちゃんは俺が何を言っているのか分からない様子だった。


 良かった……。

 娘とのキスシーンを義妹に見られることだけは回避できたようだ。


琴乃ことのと一緒じゃなかったの?」

琴乃ことのが、どうしても二人のことを一人で見守りたいと言うので少し外してました。けど、大きな声が聞こえてきたので心配になってきちゃいました」

琴乃ことののそんなワガママに結奈ゆいなさんは付き合ってくれたの?」

「はい、友達ですから」


 金髪の女子が、きょとんとした顔で俺の質問に答える。

 裏も表もなく、年相応の少女の幼い顔だった。


 そっか……。

 この子は損得関係なしに、琴乃ことののために動いてくれるんだ。

 そのことが嬉しくて、じんわりと心が暖かくなる。


結奈ゆいなさん、これからはもっと君のことを頼ってもいいかな?」

「はい、私にできることなら何でも。そんな風に兄さんに言ってもらえるの嬉しいです!」

「じゃあ早速なんだけど」

「はい!」

「とりあえずあの二人を何とかしてくれ!!」

「えっ?」


 琴乃ことの心春こはるのほうに指を差す。


心春こはるちゃんってなんだかんだで奥手だよね」

「うるさいわねーー!」


 まだ二人がやり合っていた。


「あ、あれをですか!?」

「俺じゃ無理だ! 頼む!」

「ぜ、善処しますが……」


 結奈ゆいなちゃんがおずおずと足を前に踏み出した。




※※※




 四人で川辺の草むらに腰を下ろす。


 琴乃ことの心春こはるの間に、結奈ゆいなちゃんが挟まっている。


結奈ゆいながいるからやめてあげたんだからね!」

琴乃ことのから仕掛けてきたんでしょ!」


 サンドウィッチの具になった結奈ゆいなちゃんが、両サイドの圧力に潰れそうになっている。


「ほら、二人とも。今は結奈ゆいなさんがいるんだから」

「私も喧嘩はやめてほしいです……」


 結奈ゆいなちゃんのおかげで、なんとか話ができる程度には場が収まった。


「あーあ! 琴乃ことのと言い争ってたらお腹が減ってきたし、疲れて眠くなってきちゃった!」


 心春こはるが悪態をつきながら、その場でどてっと横になる。


「寝たら死ぬぞ」

「今は笑えないんだけど!」


 俺たち夫婦はこの事態をどこか悲観的に捉えてしまっていたけど、琴乃ことののおかげで随分気持ちがラクになった。


琴乃ことの心春こはる、俺から提案があるんだけど」

「提案ってなーに?」


 琴乃ことののくりくりした目が俺のことを見つめる。

 く、くそぅ……! 娘に見つめられただけで少しドキッとしてしまった。


「俺と心春こはるで、琴乃ことのの家に泊まりに行っていいかな? 琴乃ことのが一緒にいてくれれば大丈夫だと思うから」


 思いつきであったが、いい考えだと思った。

 

 家族三人が一緒なら、寝てもきっと大丈夫だと思う。

 きっと俺も美鈴もそのままでいられるんじゃないかなぁと思う。


「なるほど~! けど私、妹がいるからなぁ。親が許してくれるかなぁ」

「聞いてみてよ」


 心春こはるが心配そうに今の家族のことを呟いた。

 そっか、その心配もあるんだった。


結奈ゆいなさん、俺しばらく琴乃ことのの家に泊まるから」

「……」


 俺の言葉に結奈ゆいなちゃんが少し不服そうな顔をしていた。


「三人がただならぬ関係だというのはなんとなく分かってますが……」

「ごめん、将人まさとさんには言っておくから」

「ちゃんと兄さんはうちに帰ってきますよね?」

「え?」


 結奈ゆいなちゃんが俺の服の裾を握りしめた。

 

 の俺って、の家族にそんなことを言ってもらえるんだ……。


「うん、必ず」

「約束ですからね」


 結奈ゆいなちゃんが俺の服の裾を離した。


結奈ゆいなさん」

「なんでしょうか?」

「そのうち、君にも、君のお父さんにも必ずちゃんと言うから」

「?」


 ――家族に隠し事はしたくない。


 親友あいつの驚いた顔を想像したら少し楽しみになってきてしまった。




※※※




結奈ゆいなさん、じゃあ俺ちょっと琴乃ことののおばあちゃんと話してから一度家に帰るから」

「はい、じゃあ私は香里かおりさんにお使いを頼まれているので先に帰ってますね! またね、琴乃ことの木幡こはたさん!」


 金髪の義妹がその場を去った。

 

 色々、聞きたいことがあっただろうにそのことは聞かずに行ってくれた。

 きっとそれが彼女の優しさなのだろう。


 将人まさとのやつ……本当にいい娘さんを持ったんだな。

 俺も色々落ち着いたら、彼女に何かしてあげたいな。


「あっ! うち大丈夫だってさ!」

「おっ、良かったじゃん」

「なんか親が泣いてた。心春こはるがようやく自分のやりたいことを言ってくれたって」

「ハハッ、いつもやりたい放題なのに何をおっしゃっ――、って痛い!」


 心春こはるが思いっきり俺の横腹に肘を入れてきた。


琴乃ことのとチューしてスッキリした顔してるけど、何も解決してないからね!」

「チューしてスッキリとか言うな!」

「ずっと私がしたかったのに!」

「自分で言ってて恥ずかしくならないの?」

「ならない」


 心春こはるが微妙に不貞腐れてしまっている。


「うちは当然オッケーだったよ! おばあちゃんも喜んでた」


 琴乃ことのがオフクロとのメッセージを俺たちに見せてきた。


「えへへへ、今日は三人で寝ようね! 二人がつらそうな顔してたらすぐに起こしてあげるから」


 琴乃ことのが楽しそうに笑っている。

 これで三人でいることができるし、事情が分かっているオフクロなら色々協力してくれるだろう。


(それにしても……)


 さっきの結奈ゆいなちゃんの言葉で少し引っかかるところがあった。


 転生してすぐに俺たちは、琴乃ことののことをすぐに自分の子供だと分かった。


 頭の悪いオフクロでさえ、俺のことにはなんとなく気づいていた。


 ――だとしたら?


 俺はあることをオフクロに聞きたくなっていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る