10. 娘のプロポーズ、そして……

「できるわけないだろ」

「なんで?」

「だって、今は違う体だし」

「けどあなたはあなたでしょう?」

「……」


 正直よく分からなくなっていた。


 唯人ゆいとの感情が自分のものとして残っているのなら、それはもう自分の感情ではないのだろうか。


 もしかしたらこのまま――。


「俺、琴乃ことのもお前も誰にも取られたくない……!」


 振り絞るように声を出した。


 自分でもつくづく情けないと思う。

 けど、これがまごうことない俺の本心なのだ。


 ――俺は自分にすらこの二人を取られたくないのだ。


美鈴みすずもなんとなく分かるだろ……。多分、俺たちはこのままだと元の人格と溶け合って――」


 じわじわとその感覚が増えていく。

 次、起きたときは多分もっと……。


「私、別に木幡こはた心春こはるちゃんと一緒になってもいいかなぁって思い始めてるよ」

「え!?」

「だって多分、ううん、絶対にあなた達のこと好きなままだもん」

「……」

「あなたはどう?」


 美鈴みすずが既にそこまで覚悟していたとは……。

 だからさっき好き好きの波動とかよく分からないこと言っていたのか。


「俺もそこは絶対に変わらないと思うけどさ……」

「でしょ?」


 美鈴みすずが俺の手を離して、川のほうに歩いていく。


「お得な人生だよね~、大切なものがどんどん増えていく。心春こはるちゃんとしても美鈴としてもどんどんいっぱいに――」


 の目からは涙がこぼれ落ちていった。


「寝ないわけにはいかないもんね。また死んじゃったら本当にどうしようもないもんね……」

美鈴みすず――」



「待って!」



 俺が美鈴みすずに声をかけようと瞬間、聞き慣れた声が聞こえてきた。




※※※




「はぁはぁ……。今の話、少し聞こえちゃったんだけど!」

琴乃ことの!?」


 琴乃ことのが息を切らせてこちらに走ってきた。


唯人ゆいと君! 聞いてほしいの」

「どうした急に!? 今、お母さんと大切な話をしてたから後に……」

「今じゃないとダメなの!」


 琴乃ことのが今までにないくらいに声を張り上げている!


心春こはるちゃんもよく聞いてて!」

「う、うん」


 何が起きるのか分からず、さすがの心春こはるも困惑していた。


唯人ゆいと君!」

「ど、どうした?」

「ちゃんと聞いててね!」


 琴乃ことのが大きく息を吸い込む。




「高校卒業したら私と結婚してーーーー!!」




 琴乃ことのが川に向かって叫んでいた。

 



 ……。




 ……。




 ……?




 ……はい?


 琴乃ことのの大声が川に溶け込んでいく。

 あまりの事態に頭が真っ白になる。

 

心春こはるちゃんもこのままじゃ悔しいでしょう! 私に唯人ゆいと君を取られていいの!?」

「え?」


 美鈴みすずも呆気に取られてポカンとしていた。


「私は唯人ゆいと君の子供が産みたいし、唯人ゆいと君になら何されてもいいと思ってる!」

「待て待て待てーーーーい!!」


 娘が史上最大のぶっ壊れ発言をしてきやがった!


 しかも俺が父親とだと分かったうえで!

 しかも母親がいる目の前で!


「いいの心春こはるちゃん! 孫の顔が見たくないの!?」

「えぇえええ! もう孫の話するの!?」


 琴乃ことのが息を切らせながら話を続ける。


「ふ、二人とももう仕方がないとか思ってたでしょ!」

「「え?」」


 美鈴みすずと声がダブってしまった。


「返事は今じゃなくていい! 卒業のときに聞かせて!」

「しょ、正気か!? お前、父親にプロポーズしてるんだぞ!」

「何か問題あるの!? 私、ずっと唯人ゆいと君と付き合いたいって言ってたじゃん!」


 や、やばい……!

 ついに琴乃ことのが振り切れてしまった!


「お母さんもうじうじしてたら、私がお父さんのこと取っちゃうんだからね! 悔しかったら阻止してみなよ!」

「えぇええええ……!?」


 え、えらいこっちゃ……。

 つ、ついに暴走機関車に積んだ爆薬が爆発してしまった……。


「こ、これで二人ともずっとここにいるしかなくなったでしょう!」

「……!!」


 ……そ、そっか。


 琴乃ことのは俺たちをここに留めたくて、そんなことを言ってきたのか。


 今日のデートと言い、まさか娘にそんなに気を使わせてしまうとは。


 自分の右手の掌を一瞬眺める。


(今だけはいいかな……)


琴乃ことの、ありがとうな」


 琴乃ことのに近寄り、琴乃ことのの頭を右手で撫で――。



チュッ



(えっ?)


 唇に柔らかい感触がする。

 気が付いたら琴乃ことのの顔が目の前にある。



 ――琴乃ことのが俺にキスをしていた。



「あ、赤ちゃんのときはいっぱいしたかもしれないけど……私のファーストキスだから!」

「えっ? えっ!?」


 お、おおおお俺は娘とキスしてしまっていた!!

 ほっぺにチューとかではなくて、きっちりマウストゥマウスだった!


 今は転生しているしなんの問題もない!


 なんの問題もないんだけど……!


 問題は――!



 問 題 し か な い わ っ !!



「お、お前、なんてことを! い、今の俺は唯人ゆいとであって、唯人ゆいとじゃなくて……」

「関係ないもん。私は唯人ゆいと君とキスしたんだよ? これで忘れられなくなったでしょ? ねっ、お父さん!」

「今はお父さんって言うな!」


 動揺する俺をよそに、琴乃ことの心春こはるのほうに目をやる。


心春こはるちゃんが、さっきからずっとうじうじしてるから!」

「な、なによ! うじうじって!」

「だって心春こはるちゃん、ずっと唯人ゆいと君とくっつきたそうにしてたのに全然ガバッていかないから!」

「じ、自分でキスも手を繋ぐのも禁止って言ってたでしょ! それに普通はあなたみたいにぐいぐいいかないのよ!」

「そんなんだからお母さんは高校生になるまでお父さんと付き合えなかったんだよ!」

「な、なんですってーーー!」


 ま、また二人の戦争が始まってしまった。


「……っ!」


 自分の胸を触ってみる。

 間違いなくの胸がドキドキしてしまっていた。


「わ、私が先にしようと思ってたのに!」

「わざわざ雰囲気作るためにここに来たんでしょ! 心春こはるちゃんがやりそうことくらい分かってるんだから!」


 い、いや、ただハラハラしているだけかもしれない。


 それにしても唯人ゆいと君か……。

 結局、琴乃ことのが乱入してきたことに俺は笑いがこぼれてしまった。


「……」


 笑 っ て る 場 合 じ ゃ な か っ た。

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