9. 父、娘の友達とデートをする 後編

 俺たちは映画館を素通りして、近くの喫茶店に入ることにした。


 高校生だけでは入りづらい、少し大人な雰囲気の喫茶店だ。


「うぅー、カフェインが目に染みる~」

「目に染みてどうするんだ」


 心春こはるが注文したブラックコーヒーをちびちびと飲んでいる。


「これからどうしたらいいんだろうな」

「ずっと寝ないわけにもいかないもんね」


 寝れば自分が自分じゃなくなってしまうという恐怖がある。けど、生物的に寝ないなんてどうやっても無理だ。


「もっとこう根本的なことを考えたほうがいいのかなぁ」

「根本的なこと?」

「なんで俺たち二人が、湯井ゆい唯人ゆいと木幡こはた心春こはるに転生できたのかって」

「うーん」


 心春こはるがコーヒーをスプーンでかき混ぜながら考え込む。


「あれだ! 好き好きの波動が似てたんだ!」

「好き好きの波動ってなんやねん」


 名探偵 心春こはる氏による超理論が展開された!


「大体、俺の好き好きの波動が唯人こいつに負けるわけないだろう!」

「あははははー! 康太こうたがわけわかんないこと言ってる!」

「お前にだけは言われたくねぇええ!」


 くっそ!

 俺は本気で負けてないと思ってるのに馬鹿にされてしまった!


「まぁ真面目な話、本当にそれもあるんじゃないかなぁって思ってるよ?」

「好き好きの波動が?」

「うん。だって、元の木幡こはた心春こはるちゃんは絶対にあなたのこと好きだったもん」

「はぁ?」

「自分のことだから分かるもん。きっとあなた達のこと気になって仕方なかったんじゃないかなぁって。あなたにもそういう気持ち残ってない?」

「……」


 確かに俺の中には、理屈で表せない感情が残っている。


 唯人ゆいととして、間違いなく琴乃ことの心春こはるに特別な感情を持っていたという確信がある。


「はぁ……、もしかしてこいつら三角関係だったのかな」

「おぉ~! 面白そう!」

「全然面白くない!」


 やだやだ! 聞きたくない!

 娘の恋愛話を聞きたくないのは、どこのお父さんも共通なのではないだろうか!?


「ねぇねぇ、ところで私たちってさ」

「ん?」

「結局、ずっと琴乃ことのの話をしてるよね!」

「確かに」




※※※




 喫茶店から出て、街を適当にぶらついていた。

 いつの間にかサングラス女子二人の姿が消えていた。


「二人はどこに行ったんだろう」

「飽きてそのまま遊びに行っちゃったのかもね」

「あの二人がそうなるかぁ?」


 もうお昼だし、二人でご飯でも食べに行ったのかもしれないなぁ。せっかくだからご飯は四人でどこかに行くのもいいかもなぁと思ったんだけど。


美鈴みすず、どこか行きたいところあるか?」

「あっ、じゃあ私あそこに行きたい!」

「あそこ?」

「あなたがプロポーズしてくれたとこ!」

「げぇえ!」




※※※




 二人で並んで、隣町から自分たちの住んでいる場所に向かって歩く。


 行きたくない! 行きたくない!


 俺的にあのプロポーズは失敗だった!


 いや結果として結婚できたのだから失敗はしてないんだけど、あんなプロポーズは思い出したくない!


「プロポーズの言葉って覚えてる?」

「覚えてない! とっくに忘れた!」

「嘘だ~。現代ここで再会したときはちゃんとプロポーズの言葉覚えてたじゃん」

「じゃあ聞くな!」

「あなたが恥ずかしがってるところ見たかったから」

「今はお前が鬼か悪魔に見える!」

「やだなぁ、私は美鈴みすずだよ?」

「そういうことじゃない!」


 わざわざ隣町に来た意味は!?

 そもそも琴乃ことのの言うデートってこんなんでいいんのか!?


 昔の思い出とか色んなことが頭をよぎっていく!


「いいじゃん、私たちのデートっていつもそんなんだったじゃん」

「そうだけどさ!」


 確かに美鈴みすずとのデートはこんな風に適当にふらふらすることが多かった。


 男としては、恋人のことを夜景に連れていってあげたり、どこかの高級ディナーとかに連れていってあげたりしたかったのに、いつもいつもこいつはその提案を却下してきた。


 結局、夜景は近くの田園風景になり、高級ディナーは安いファミレスになるのが定番の流れだ!


「ここらへんだよね」

「け、結構すぐだったな……」


 距離的には結構あるはずなのに、二人で話していたらすぐにその場所についてしまった。


 ――近所の川沿いの道。


 学生たちの通学路でもあるし、特別珍しい道ではない。

 俺も美鈴みすずも中学のときはここの道を通って学校に通学していた。


 そう! 俺はこんな何もないところで大切なプロポーズをしてしまったのだ!




●●●




「ねぇー、今日怒ってる?」

「怒ってない。全然怒ってない」


 社会人になってからしばらく経った。

 今日、俺は給料三ヶ月分のを持って、デートに臨んでいた。


 夜景も行かない。

 高級ディナーも行かない。

 旅行は誠兄ちゃんが許してくれない。


 そんなんでどうやってこの子にプロポーズしろって言うんだよ!


 じゃあ二人の思い出の場所とも思ったが、こいつとは思い出の場所がありすぎる! 同じ街で生まれ育った幼馴染なんて、既に街自体が庭みたいなものだ!


 こうなったら、俺たちが付き合い始めた母校の屋上でプロポーズするしかない……!


 幸いにも担任のキタハラがまだ現役だったので、将人まさとを通して、屋上を使わせてほしいと伝えることができた。


 将人まさと曰く、キタハラは本当に嬉しそうな顔をしながら、OBの屋上の使用許可を学校に掛け合ってくれたらしい。


「この道、懐かしいね~」


 今、俺たちは川辺の通学路を歩いて母校に向かっている。

 吹き抜ける風が少し冷たい。


「……」


 口の中が緊張でぱさぱさしてきた。

 昔馴染みに気持ちを打ち明けるのって、どうしてこんなに緊張するんだ。


 上司とサシでやる飲み会のほうが、まだ緊張しないかもしれない。


「もー! さっきからそのポケットにある四角いのずっと気にしてるし!」

「え?」


 俺はポケットに入れていた指輪をなくさないようにずっと握りしめていた。


 それを目ざとく美鈴みすずが見つけてしまった!

 

「ねぇねぇ、なに持ってるの?」


 美鈴みすずの細い指が、俺のポケットに侵入してくる!


「ま、待って! もう少し待って!」

「待ちません! 今日はずっと私よりもそっちを気にしてるし!」



ポロッ



 美鈴みすずが強引にポケットにまさぐるので、その四角い箱がポケットから落っこちてしまった。


「なーにこれ?」


 美鈴みすずがその箱を拾って、パカッと中身を開いてしまう。


 あ゛ぁあああああ!


 こんな川沿いの何もないところで、プロポーズの指輪が見つかってしまった!


「指輪?」


 美鈴みすずが不思議そうにそれを眺めている。


美鈴みすず! お前に伝えたいことがあるんだ!」

「え?」

「俺が必ずお前のことを幸せに――」




●●●




 い、今考えてもぐだぐだすぎる……。

 指輪がすぐ見つかってしまい、その場でやぶれかぶれのプロポーズをしてしまったのだった。


 テンパりまくって子供が欲しいとかそんなことも言ってしまった。


 男として最大の不覚。

 成功したプロポーズが黒歴史になるのってきっと俺くらいじゃないかなぁ……。


「あのときは嬉しかったなぁ」

「俺的にその記憶は海底に沈めておきたいんだけど」

「沈めても私がサルベージしてあげるから」


 心春こはるの髪が川辺の風に流されている。

 あの日のように少し肌寒い風だった。


 前と顔も髪型も変わってしまったけど、その表情は俺の知っている美鈴みすずのままだ。


将人まさと君、あのとき色々準備してくれたよね」

「本来は高校の屋上でプロポーズする予定だったからな!」

「あはははは! あんなに飾り付けてくれてたのに、着いた時にはもうプロポーズしてたなんて笑い話だよね!」

「う、うるさいなぁ」


 古傷がえぐられていく……。

 もうこの話はやめてほしいんだけど……!


「けどね、あのとき分かったことがあるんだ」

「分かったこと?」

「うん。こんな何もない川辺の道でも、大切な人が何かしてくれるだけで特別な何かになるんだなぁって。だから私、この川沿いの道が大好きなの」

「……そっか」


 心春こはるが俺の手を優しく握ってきた。


「ねぇねぇ」

「なんだよ」

「私、あなたにキスしたいんだけど」

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