9. 父、娘の友達とデートをする 後編
俺たちは映画館を素通りして、近くの喫茶店に入ることにした。
高校生だけでは入りづらい、少し大人な雰囲気の喫茶店だ。
「うぅー、カフェインが目に染みる~」
「目に染みてどうするんだ」
「これからどうしたらいいんだろうな」
「ずっと寝ないわけにもいかないもんね」
寝れば自分が自分じゃなくなってしまうという恐怖がある。けど、生物的に寝ないなんてどうやっても無理だ。
「もっとこう根本的なことを考えたほうがいいのかなぁ」
「根本的なこと?」
「なんで俺たち二人が、
「うーん」
「あれだ! 好き好きの波動が似てたんだ!」
「好き好きの波動ってなんやねん」
名探偵
「大体、俺の好き好きの波動が
「あははははー!
「お前にだけは言われたくねぇええ!」
くっそ!
俺は本気で負けてないと思ってるのに馬鹿にされてしまった!
「まぁ真面目な話、本当にそれもあるんじゃないかなぁって思ってるよ?」
「好き好きの波動が?」
「うん。だって、元の
「はぁ?」
「自分のことだから分かるもん。きっとあなた達のこと気になって仕方なかったんじゃないかなぁって。あなたにもそういう気持ち残ってない?」
「……」
確かに俺の中には、理屈で表せない感情が残っている。
「はぁ……、もしかしてこいつら三角関係だったのかな」
「おぉ~! 面白そう!」
「全然面白くない!」
やだやだ! 聞きたくない!
娘の恋愛話を聞きたくないのは、どこのお父さんも共通なのではないだろうか!?
「ねぇねぇ、ところで私たちってさ」
「ん?」
「結局、ずっと
「確かに」
※※※
喫茶店から出て、街を適当にぶらついていた。
いつの間にかサングラス女子二人の姿が消えていた。
「二人はどこに行ったんだろう」
「飽きてそのまま遊びに行っちゃったのかもね」
「あの二人がそうなるかぁ?」
もうお昼だし、二人でご飯でも食べに行ったのかもしれないなぁ。せっかくだからご飯は四人でどこかに行くのもいいかもなぁと思ったんだけど。
「
「あっ、じゃあ私あそこに行きたい!」
「あそこ?」
「あなたがプロポーズしてくれたとこ!」
「げぇえ!」
※※※
二人で並んで、隣町から自分たちの住んでいる場所に向かって歩く。
行きたくない! 行きたくない!
俺的にあのプロポーズは失敗だった!
いや結果として結婚できたのだから失敗はしてないんだけど、あんなプロポーズは思い出したくない!
「プロポーズの言葉って覚えてる?」
「覚えてない! とっくに忘れた!」
「嘘だ~。
「じゃあ聞くな!」
「あなたが恥ずかしがってるところ見たかったから」
「今はお前が鬼か悪魔に見える!」
「やだなぁ、私は
「そういうことじゃない!」
わざわざ隣町に来た意味は!?
そもそも
昔の思い出とか色んなことが頭をよぎっていく!
「いいじゃん、私たちのデートっていつもそんなんだったじゃん」
「そうだけどさ!」
確かに
男としては、恋人のことを夜景に連れていってあげたり、どこかの高級ディナーとかに連れていってあげたりしたかったのに、いつもいつもこいつはその提案を却下してきた。
結局、夜景は近くの田園風景になり、高級ディナーは安いファミレスになるのが定番の流れだ!
「ここらへんだよね」
「け、結構すぐだったな……」
距離的には結構あるはずなのに、二人で話していたらすぐにその場所についてしまった。
――近所の川沿いの道。
学生たちの通学路でもあるし、特別珍しい道ではない。
俺も
そう! 俺はこんな何もないところで大切なプロポーズをしてしまったのだ!
●●●
「ねぇー、今日怒ってる?」
「怒ってない。全然怒ってない」
社会人になってからしばらく経った。
今日、俺は給料三ヶ月分のアレを持って、デートに臨んでいた。
夜景も行かない。
高級ディナーも行かない。
旅行は誠兄ちゃんが許してくれない。
そんなんでどうやってこの子にプロポーズしろって言うんだよ!
じゃあ二人の思い出の場所とも思ったが、こいつとは思い出の場所がありすぎる! 同じ街で生まれ育った幼馴染なんて、既に街自体が庭みたいなものだ!
こうなったら、俺たちが付き合い始めた母校の屋上でプロポーズするしかない……!
幸いにも担任のキタハラがまだ現役だったので、
「この道、懐かしいね~」
今、俺たちは川辺の通学路を歩いて母校に向かっている。
吹き抜ける風が少し冷たい。
「……」
口の中が緊張でぱさぱさしてきた。
昔馴染みに気持ちを打ち明けるのって、どうしてこんなに緊張するんだ。
上司とサシでやる飲み会のほうが、まだ緊張しないかもしれない。
「もー! さっきからそのポケットにある四角いのずっと気にしてるし!」
「え?」
俺はポケットに入れていた指輪をなくさないようにずっと握りしめていた。
それを目ざとく
「ねぇねぇ、なに持ってるの?」
「ま、待って! もう少し待って!」
「待ちません! 今日はずっと私よりもそっちを気にしてるし!」
ポロッ
「なーにこれ?」
あ゛ぁあああああ!
こんな川沿いの何もないところで、プロポーズの指輪が見つかってしまった!
「指輪?」
「
「え?」
「俺が必ずお前のことを幸せに――」
●●●
い、今考えてもぐだぐだすぎる……。
指輪がすぐ見つかってしまい、その場でやぶれかぶれのプロポーズをしてしまったのだった。
テンパりまくって子供が欲しいとかそんなことも言ってしまった。
男として最大の不覚。
成功したプロポーズが黒歴史になるのってきっと俺くらいじゃないかなぁ……。
「あのときは嬉しかったなぁ」
「俺的にその記憶は海底に沈めておきたいんだけど」
「沈めても私がサルベージしてあげるから」
あの日のように少し肌寒い風だった。
前と顔も髪型も変わってしまったけど、その表情は俺の知っている
「
「本来は高校の屋上でプロポーズする予定だったからな!」
「あはははは! あんなに飾り付けてくれてたのに、着いた時にはもうプロポーズしてたなんて笑い話だよね!」
「う、うるさいなぁ」
古傷がえぐられていく……。
もうこの話はやめてほしいんだけど……!
「けどね、あのとき分かったことがあるんだ」
「分かったこと?」
「うん。こんな何もない川辺の道でも、大切な人が何かしてくれるだけで特別な何かになるんだなぁって。だから私、この川沿いの道が大好きなの」
「……そっか」
「ねぇねぇ」
「なんだよ」
「私、あなたにキスしたいんだけど」
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