6-2. ある二人と古藤琴乃 過去編

◆  ◆



「お姉ちゃーーん! お腹すいた!」

「分かってるって! ちょっと待っててよ!」


 私の名前は木幡こはた心春こはる


 三姉妹の長女として、普通の家庭に生まれた。


 父は役場勤務の普通の公務員、母は近くのスーパーでレジ打ちをやっている。

 父も母も至って普通の人だ。


「お姉ちゃん! お姉ちゃん!」

「もう! 今度は何!?」


 共働きの両親の代わりに、妹たちの面倒を見なければならない。


 面倒見が良くて、家事が上手だからという理由で、同級生からは“お母さん”というあだ名がつけられた。


 私はそのあだ名もそのあだ名をつけた同級生も大っ嫌いだった。

 



※※※




 そんな忙しい日々を過ごしていたので、恋も青春もしない毎日を過ごしていた。


 ――ある日、そんな私にも気になる子が二人もできた。


 一人目は、毎日私と同じ道を通る男の子。

 二人目は、その男の子がいつも見つめている女の子。


 女の子のほうはいつも決まった時間に一人で川辺でぼーっとしているようだった。


「……心配だなぁ」


 丁度、近くを歩いていたら、その男の子が呟き耳に入ってきてしまった。


「どうして?」


 そのまま足を止めなければ良かったのに、何故か、私は通りすがりにそんなことをその男の子に聞いてしまっていた。


「あの子、今にも死んじゃいそうじゃん」

「あぁー……確かに」


 確かにその女の子からは生気が感じられない。

 ふらっとそのままどこかに消えていなくなってしまいそうだ。


「知り合いなの?」

「全然。ただ毎日あそこにいるから気になって」


 その男の子も、どこか虚ろな表情で私の言葉に返事をする。


「ってか、君は誰?」

木幡こはた心春こはる。ただの通りすがり」

「ふーん」

「私も名乗ったんだから、自分も名前くらい名乗りなさいよ」

湯井ゆい唯人ゆいとだよ」

 



※※※




 男の子とそんなやり取りをしてしばらくが経った。


「そこで何をしてるの?」


 ある日、私は思い切ってその女の子に声をかけてみることにした。

 単純に心配だったのと、どういう人なのか話をしてみたくなったからだ。


「何か用?」

「い、いや用があるとかじゃないんだけど……」


 冷たくその子にあしらわれてしまった。


「毎日、毎日、そこで何をしてるのかなぁって」

「川を見てるだけ」

「それ楽しいの?」

「楽しいわけないじゃん」


 その子は、こちらを一瞥することもなく、ただ淡々と私の質問に答える。

 思ったよりも刺々しい反応が帰ってきて、少しばかりショックだ。


「じゃあ何でこんなところにいるの?」

「家に帰りたくないから」

「家に? 親と喧嘩でもした?」


 私がそう言うと、その子が眼光鋭く私のことを睨みつけてきた。

 ようやくその子の目に力が宿ったように見えた。


「そんなんじゃない!」

「ふーん、早く帰らないとお父さんもお母さんも心配するよ?」

「うるさいなぁ。早くどこかに行ってよ」


琴乃ことのーーーー!!」


 そんな会話をしていたら、女性の大きな声が聞こえてきた。


「あっ……」


 その声に反応して、その女の子が小走りで年老いた女性のところに駆け寄っていく。


「ご、ごめん」

「まったく心配させて! ここは川の氾濫があるところだから来ちゃダメだよ! あんたの父親も心配するんだからね!」

「う、うん」


 そのまま琴乃ことのと呼ばれた女の子はその女性と一緒に帰ってしまった。


 なーんだ。

 普通にお母さんに大切にされてるじゃんか。


「はぁ……私も帰ろ」


 人のことを気にしている余裕なんてないのに、何やってんだか。

 早く家に帰って夕飯の準備しないと。

 



※※※




「毎日、毎日、飽きないねー」

木幡こはた心春こはるさんだっけ? すごい話しかけてくるじゃん」


 私はそれから、二人の姿を見かけると声をかけるようにしていた。

 友達になりたいからとかそんなんじゃなくて、どこか二人の雰囲気が私に似ているような気がしたからだ。


「そんなに好きなら告白すればいいのに」

「ばっ……! そんなことできるわけないだろ!」

「今のままじゃただのストーカーじゃん」


 湯井ゆい唯人ゆいとくんが初めて動揺した表情を見せた。

 その様子が少し可愛く見えてしまった。


「多分、あの子はそういうのじゃないんだよ」

「そういうのじゃない?」

「んー、あの子が求めているのは普通の恋愛とかじゃないと思うんだよなぁ」

「意気地なし」

「う、うるさいなぁ!」

「そんなよく分からない言い訳しているあなたに私が勇気をあげるよ」

「勇気?」

「はい、近くの高校の文化祭のチケット」


 私は文化祭の食券の無料チケットを、湯井ゆい唯人ゆいと君に渡した。


「どうしたのこれ?」

「最近、高校生が配ってるでしょ? 丁度いいから二人で行ってきなよ」

「はぁ……? 何でそんなに俺のこと気にしてくるの?」

「そりゃあ、毎日通る道で同じ顔を見れば気になるでしょう。私、同級生から“お母さん”ってあだ名をつけられてるくらいだから単に目ざといだけかもね、あはははは」


 わ、我ながら自虐的なことを言ってしまった。

 “なんとなく”に理由なんてないしなぁ……。


「お母さんか。ひどいあだ名だね」


 いつも虚ろな表情だった湯井ゆい唯人ゆいと君が、初めてムッとした表情を見せた。


「ひどい?」

「同級生につけるあだ名じゃない。それに俺、母親に良いイメージないし」

「……」


 初めてそのあだ名を否定してくれる人に出会った。


(そんな風に言ってくれる人もいるんだ……)


 私は、その文化祭のチケットを渡してしまったことをほんのちょっぴり後悔してしまった。

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