6ー1. 現代夫婦喧嘩!

「相談って何?」


 心春こはるを連れて、屋上にやってきた。

 琴乃ことの結奈ゆいなちゃんに任せてきた。


 結奈ゆいなちゃんならしっかりしているし、琴乃ことの結奈ゆいなちゃんのことは呼び捨てにするくらい心を許している。


 琴乃ことのにそういう友達ができて本当に良かったと思っている。


「どうしたの? 真剣な顔をして」

「夢を見たんだ!」

「夢?」

「本当の唯人ゆいと君と話す夢を見たんだ!」


 意を決してその言葉を前世の妻に伝える!

 俺がそう言うと、心春こはるがとても驚いた顔を見せた。


「えっ? どんな話をしたの?」

唯人ゆいと君は琴乃ことののことが好きだったって……」

「好き?」

唯人のことだから分かるんだ! 唯人琴乃ことののことを異性として愛してたって!」

「なんですって……?」


 心春こはるがわなわなと声を震わせた。


「浮気じゃんかーーー!」

「どこがだ!!!」


 心春こはるが鬼の形相で俺の胸ぐらをつかんできた!


「あれほど浮気はダメだって言ってたのに! 付き合ってからも、結婚してからも言ってたのに!」

「ち、違うんだ! 俺であって俺の感情じゃなくて……。いや、琴乃ことののことは愛してるけどそういう愛してるじゃなくて!」

「何わけ分かんないこと言ってんのよ!!」

「俺も何を言ってるか分からない!」


 息が切れるくらいの言い争いがが始まってしまった!


「だ、だから琴乃ことのを俺に近づかせるわけにはいかないんだよ!」

「前世では私のこと好きだって言ってくれてたのに! 結局、若い女が良いってことでしょう!」

「違う違う! その若い女ってお前の娘だし! ってかお前も今は同じ年齢だろうが!」


 な、なんか前も似たようなやり取りをした気がするな、もう!


「いいか、よく聞け」

「聞かない!」

「いいから聞け!」


 心春こはるの肩を掴んで、真っ直ぐにその瞳を見つめる。


 こうなったら一点突破だ!


康太が女性として好きなのはお前だけだ! 琴乃ことののことは世界で一番大切だけど、女性として好きなのはお前だけだ!」

「う、うん」


 心春こはるが照れくさそうに俺から目をそらした。

 顔は茹でた蛸のように赤くなっている。


「そのことは琴乃ことのにも言っている」

「……うん。私も康太のことが――」

「けど唯人が好きなのは琴乃ことのなんだ」

「結局どっちなのよーーーーー!!!」


 今度は首を絞められて、ぐわんぐわんと体を揺さぶられる。


「さっきから俺は俺はって! どっちがどっちだか全然分かんない!」

「ど、どっちも俺なんだよっ!」

「それを言うーー!?」


 痛い! 苦しい!

 心春こはるの逆鱗に触れてしまった!


「みんなが幸せになるなら重婚でもいいって言ったけど! 言ったけどさ!」

「と、とりあえず落ち着け……!」

「落ち着いてられるかーーー!」



パァン!!



 心春こはるのビンタが俺の頬に炸裂した。




※※※




「今どき暴力系ヒロインなんて流行らないからな!!」


 左頬にできた紅葉マークをさすりながら心春こはるを睨みつける。


「ふんっだ! 実の娘に手を出そうとするのが悪い! しかも浮気まっしぐらだし」

「何が浮気だ。重婚オッケーとか言っておいて、言っていることがぶれぶれ――」

「何か言った!!」

「言ってません!」


 ぐぅううう……!

 心春こはるの気迫につい圧されてしまった。


「と、とりあえず、今はそこじゃないんだよ! もっと大切な話があってな!」

「弁解なら聞いてあげましょう」

「そうじゃなくてさ……」


 本題に入る前に、まさか夫婦喧嘩をすることになるとは思わなかった。


 いや、ほとんど俺が一方的に怒られただけなんだけどさ……。


「俺、もう少しで消えちゃうかも……」

「えっ?」


 怒りで赤く染まっていた心春こはるの顔が、急激に青ざめていく。


「な、なんで!?」

「本物の唯人ゆいと君が起きてきたって言うことは、俺がどうなるか分からないじゃん」

「そ、そんな……」


 心春こはるがその場で腰が抜けたようにぺたりと座り込んでしまった。


 そういえば、ここで美鈴みすずに再会したときもこんな感じになっちゃったなぁ……。


「寝なきゃ大丈夫かな?」

「ず、ずっと寝ないわけにはいかないじゃん!」

「二日くらいならなんとか……。次、寝たらどうなるか全然分からないからさ」

「待って待って! そんなのヤダよ! またお別れなんて絶対に嫌だからね!」


 心春こはるの大きな目に涙が溜まっていく。

 今日は、怒らせたり泣かせたりと悪いことをしてしまった。


「どうしよ?」

「どうしようって……」


 二人に間に重い沈黙が流れる。


「と、とりあえず栄養ドリンクいっぱい買ってこよ! 目が覚めるやついっぱい買ってこよ!」

「うん……」


 心春こはるがすこぶる焦った顔をしているが、実は俺の内心は冷静そのものだった。


 なんでだろう?

 こうして最愛の家族に相談できているからかな?


琴乃ことのにちゃんと言ったほうがいいよな?」

「そ、それは……」

「あのとき、オフクロが言ってたもんなぁ。現代に転生したのは皆にお別れを言うためだって」

「そんなこと言わないでよぉ……」


 ついに心春こはるの目からはポロポロと涙がこぼれ落ちてしまっていた。


「ごめん……泣かせるつもりじゃなかったんだけど……」

「私、もう誰ともお別れしたくないよぉ……」

「ごめん……それは俺もだよ」


 当然、そんなの俺もだ。

 琴乃ことの心春こはる、今の家族の誰とだってお別れなんてしたくない!


(……あれ?)


 心春こはる




 ――木幡こはた心春こはる




 ここでもう一つの懸念が脳裏をよぎってしまった。

 自分のことよりもむしろそっちに寒気を覚えてしまった。


「な、なぁ……」

「どうしたの……?」

「お前は大丈夫か? 最近すごい寝てたみたいだけど」

「え……」

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