5. 湯井唯人は古藤琴乃に恋をする!?

「うぅ……唯人ゆいと君に嫌われた」


 琴乃ことのが人目をはばからず、泣きながら登校している……。


「今度は何したの!?」


 その様子に心配した心春こはる琴乃ことのに寄り添って歩いていた。


「い、いいか! お前も俺に近づくなよ!」

「意味が分からない」


 心春こはるがわざとらしく肩をすくめる。


 娘を泣かせてしまって、心が痛くなるがもう琴乃ことのともうべたべたするわけにはいかない!


 “夢”を自分でしっかり認識すると、色んな事を思い出してしまった。




●●●


 


二年前


 

「お、俺と一緒に文化祭に行きませんか!?」


 古藤ことう琴乃ことのさんに勇気を出して声をかけた。


 近くの高校で文化祭をやる予定だからだ。


「行かない。っていうか誰」


 ……が、結果は見事に撃沈。

 古藤さんの目に光を宿ることなく、ばっさりと切り捨てられた。


「ストーカー?」

「ち、ちがっ」

「用がないならもう行くから」


 そのまま古藤ことうさんはこちらを気にする様子もなく行ってしまった。




●●●


 


 くっ……!


 そのことを思い出すと胸がきゅっと痛くなる。

 

 そうだった!

 は娘をナンパして失敗していたのだ!


 ひ、人の大切な娘を!

 許さん、絶対に許さんぞ俺!


「なに悔しそうな顔してんのよ。琴乃ことのがこんなに泣いてるのに」

「ぐすっ……ぐすっ……」


 心春こはるが俺の頬を強めにつねってきた。


「痛いっ! ち、違うんだ! 決して琴乃ことののことを泣かせたいわけじゃないんだ!」

「じゃあ何?」


 心春こはるが、俺のこと目を真っ直ぐに見つめてきた。


 ――唯人ゆいと君は確かに夢でこう言っていた。



(「俺の感情は康太こうたさんのものだし、康太こうたさんの感情は俺のものでもあります!」)



 つ、つまり唯人ゆいと君のという感情は確かに康太の感情にもなるということだ。


 言われてみると確かに、琴乃ことのにドキドキしてしまう自分がいた。


 これは体調不調でもなんでもなかったのだ。


 もう感覚で分かってしまう。

 というか自分だから分かってしまう!


 湯井ゆい唯人ゆいとは間違いなく古藤ことう琴乃ことのに恋をしてしまっているのだと!


「ぐぅううっ!」


 馬鹿馬鹿馬鹿! 俺の馬鹿!


 俺はなんてことをしてしまっていたんだ!

 琴乃ことのとは手を繋いだ時も、抱きしめてしまったときもある!


 まさかこんなことになっているだなんて知らずに!


唯人ゆいと君……」

「うっ……」


 琴乃ことのに名前を呼ばれただけでドキッとしてしまった。


 認めない!

 絶対に認めないっ!

 もう何もかもがぐちゃぐちゃだが絶対に認めないぞ!


 唯人自分琴乃ことのに恋をしているなんて絶対に認めない!


「もー、今日は様子おかしいよ」

「頼むから俺に近づかないでくれ……」


 しかもここには前世の嫁もいる。

 俺はこの子も愛しているはずなのだ。


 俺は……。


 俺はっ……!


 最愛の家族が唯人自分かもしれないという事実に気づいてしまったのだ!!




※※※




「いや、そうはならないですよね」


 教室に着くと、義妹の冷静なツッコミが聞こえてきた。


「だって、唯人ゆいと君が……」

琴乃ことのはべたべたしすぎなんですよ。大体、異性の布団に入ること自体がおかしいんですよ」


 義妹の結奈ゆいなちゃんが冷静な口調で琴乃ことのをなだめていた。


「だって好きな人の布団には入りたくなるでしょ?」

「うーん、私はよく分からないですけど……」

「じゃあ結奈ゆいなは好きな人の匂いを嗅ぎたいとか思わないの!? そんなのおかしいよ!」


 おかしいのはお前じゃい! っと心の中でツッコミをいれる。


「そ、それは少しは分かりますけど……」

「えっ、分かるの!?」


 ぎ、義妹の思わぬ同意につい声が出てしまった。


唯人ゆいと君、前は何も言わずに嗅がせてくれていたのに」

「誤解しか生まないから、そういう言い方はしないように」


 俺がそう言うと、琴乃ことのが目を真っ赤にして詰め寄ってきた!


「私のことなんてどうでも良くなったんでしょう! 心春こはるちゃんも結奈ゆいなもいるからって!」

「違うって!」

「せっかく、せっかく、また会えたのに……!」


 あぁあああ!

 また琴乃ことのがポロポロと泣き始めてしまった。


 よりによって教室内でこんな話しないでほしい!

 これじゃ本当に痴話喧嘩しているみたいだ!



「お父さん頑張って!」


「お父さんがんば!」


「頑張れお父さん!」


 クラスメイトたちの野次が聞こえてくる。

 この状況でそのあだ名を使われるのは本当に嫌すぎる。


「頑張ってね、お父さん」


 心春こはるがニヤニヤしながら、俺の肩に手を置いてきた。


「家族で揉めたときに、この台詞を言ってみたかったのよね~」

「揉めてないし!」


 前世の妻が楽しそうに笑っている……。

 何だかちょっとムカムカしてきた。


心春こはるっ!!」

「な、なに!?」

「お前に相談したいことがあるんだけど!」


 ムカムカしたまま声を出したので、思ったよりも大きな声が出てしまった!


 朝からドタバタしてしまったが、とりあえずこのことは心春こはるに相談すべきだ。



 だって――。


 本物の唯人ゆいと君が出てきたということは、俺たち家族が一緒にいることができる時間は残り僅かなのかもしれないのだから。

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