7. 琴乃の成長と決意!

「お、思い出したーーーーー!!」


 心春こはるの声が屋上に響き渡る!


「こ、声でかいって! 誰かに聞かれたらどうするんだよ!」

「わ、私、唯人あなたのこと好きだった! 琴乃ことののことも好きだった!」

「そんなの知ってるし」


 今更、何を言ってるんだか……。

 俺たちは仲良し家族なんだぞ。


「そ、そうなんだけど、そうじゃなくて」

「もしかして本来の心春こはるちゃんと会ってたのか?」

「ど、どどどどうしよう」

「お、落ち着けって。とりあえず深呼吸しよう。はい、ひぃひぃふぅー」

「ひぃひぃふぅー」


 心春こはるが俺の言う通りに深呼吸をした。


「ってこれは違う! 二人目が生まれたらどうするのよ!」

「おっ、いつもの心春こはるに戻った」


 良かった。

 いつものツッコミが戻ってきた。


「うぅううう、頭がごちゃごちゃしてきた」

「大丈夫、俺もだから」


 心春こはると話していたら、俺も断片的にしか思い出せなかった唯人ゆいと君の記憶を思い出してきた。


 多分、唯人心春こはるは元から知り合いだったんだと思う。


「とりあえずさ、このことはちゃんと琴乃ことのに言おう。親として、今はできることをしよう」

「うぅうううう!」


 心春こはるが髪をくしゃくしゃに振り乱していた。


「やだやだやだ! 絶対に誰とも別れたくない! このままここにいたい! 今度こそ琴乃ことのの大きくなった姿を見届けるんだから!」

「うん、俺も同じ気持ちだよ」

「好き! ずっと好き! 愛してる! あなたのことずっと愛してる!」

「うん、分かってるよ」


 現代に転生してからは初めてだったかもしれない。美鈴みすずがまるで自分に言い聞かせるように、その言葉を何度も何度も吐きだした。


 せめて、美鈴みすずだけでもなんとかならないだろうか……。そんなことで頭がいっぱいになっていた。




※※※




「元の唯人ゆいと君と心春こはるちゃん?」


 琴乃ことのを呼び出し、俺たちの不安を素直に伝えることにした。

 もう前みたいに、家族間で隠し事はしたくない。


琴乃ことのは俺たちのこと覚えてる? 多分、高校の入学前だったと思うけど」

「うーん」


 あっ! その反応は覚えてないようだな!

 ざまぁみろ俺!


(……っ!)


 スッとした気分と同時に、胸のちくっとした痛みも襲いかかってくる。


 く、くそぅ……!

 唯人ゆいとの邪魔をしたいが、唯人ゆいとを邪魔すると自分もダメージをくらってしまう。


「二人とも急にいなくならないよね?」

「……」


 琴乃ことのが今にも泣き出しそうな顔になっていた。


琴乃ことの……」


 どうしよう……。

 こういうときは何て言ってあげるのが正解なのだろうか。


「いなくなるわけないでしょう! 私たちが琴乃ことのを置いて先にいなくなるわけないでしょ!」


 俺が返答に迷っていると、先に心春こはるが答えてしまっていた。


「おい!」

「馬鹿ねぇ~。そんなことを心配してるなんて」


 心春こはるが言ってしまった。

 不安でそう言うしかなかったのだろう。


「そうだよね! なーんだ! 心配して損した!」


 琴乃ことのがわざとらしく明るく振舞っている。


「……」

「……」


 その後の言葉が続かない。

 三人とも何かを察してしまっていた。



 ――しばらく沈黙が続く。



心春こはるちゃん……」


 その沈黙を最初に破ったのは琴乃ことのだった。


「ど、どうしたの?」

唯人ゆいと君とデート行ってきていいよ。まだちゃんとしてなかったよね」

「ど、どうしたの急に!?」


 いつもの琴乃ことのでは考えられない提案を俺たちにしてきた。


「どうせなら三人で行こうよ!」

「ううん。今回は譲ってあげる」

「ほ、本当にどうしたの!?」

「二人きりで話したいこといっぱいあるんじゃないかなぁて……」

「えっ?」


 驚いた。

 琴乃ことのがそんなことを言ってくるなんて……。


「い、一日だけだからね! だから二人でゆっくりデートしてきていいよ」

「……」


 あまりにもあからさまだったので気付いてしまった。

 琴乃ことのが俺たちのことを気遣ってくれているのだと。


 まだまだ子供だと思っていた琴乃ことのが、いつの間にか自分の気持ちを抑えて、人のことを思いやれるようになっていたのだ。


心春こはる、デート行こうか」

「えっ!? けど……」

琴乃ことのがそう言ってくれてるしさ」


 ここは琴乃ことのの気持ちも汲むのが正解だろう。


 目頭が熱くなってしまう。

 俺たちが気付かないうちに、うちの琴乃ことのはちゃんと成長しているようだ。


「手を繋ぐのはダメ! キスも当然ダメだからね!」


 琴乃ことのが顔を真っ赤にして、心春こはるとそんな約束をしていた。


 ちゃ、ちゃんと成長しているよな……?




※※※




◆ 古藤ことう琴乃ことの ◆



「本当に良かったの琴乃ことの?」 

「うん」


 結奈ゆいなに、唯人ゆいと君と心春こはるちゃんの正体は隠して、二人がデートすることになったのを報告した。


 そうしたら、わざわざ結奈ゆいなが心配して私の家にまで来てくれた。


「そういう結奈ゆいなはいいの?」

「私はもう兄さんの家族という地位は手に入れているので」

「ムカつくなぁそれ」


 そのまま二人で近くの公園まで移動して、ブランコを漕いでいた。


「私、事情は分からないんですが兄さんと木幡こはたさんって本物の恋人同士みたいですよ?」

「だろうね……」


 ガクッと肩から力が抜ける。

 

 心春こはるちゃんはああ言っていたが、あのとき私にその話をしてきたということは、既に二人とも最悪の事態を想定しているということだ。


「うっ……うっ」


 目の奥が熱い。

 喉が痛い。

 胸が張り裂けそうになる。


 今日は不安で寝ることができないだろう。


「詳しく聞いたわけじゃないからよく分からないけど、そんなに泣くなら琴乃ことのからそういうこと言わなきゃいいのに」


 結奈ゆいなが心配して私の肩を撫でてきた。


 唯人ゆいと君も心春こはるちゃんも、きっと自分のことよりも先に私のことを心配してくれたのだろう。


「私もそろそろ大人にならなきゃ……」


 二人と再会して分かったことがある。


 今は同級生の関係なのに、二人は私のことを守る対象として見てくれている。


 それが懐かしくて嬉しかったが、いつまでもそんなこと言っていられなくなった。


「甘えてばかりじゃダメだよね。今度は私が二人を守れるようにならないと」


 お父さんたちが亡くなって、ずっとうじうじしていた“小さい琴乃ことの”はもう卒業しないと……。


 今度は私がお父――唯人ゆいと君の隣に立てるように成長しなければ。


「絶対に……! 絶対にこの世に未練タラタラにしてやるんだから!」

「何言ってるか分からないですが、怖いですよ琴乃ことの


 ブランコのチェーンを強く握りしめる。


 明日、唯人ゆいと君と心春こはるちゃんは学校をサボってデートすることになった。


 これは、私なりの親孝行の気持ちでもあった。


 だって大好き同士の二人から生まれたのが私なんだもん。そのことは私の誇りだし、今でもその“愛”を胸に抱いて生きている。


 嫉妬だってするし、嫌な気持ちにだってなるけど、純粋に二人に恋人同士に戻ってほしいなぁとも思った。


「ところで琴乃ことの

「どうしたの結奈ゆいな?」

「私たちも明日、学校サボりませんか?」


 結奈ゆいなが珍しく悪戯顔を浮かべていた。


 絶対に絶対に諦めない。

 二人と……唯人ゆいと君と一緒にいられるならどんなことでもするんだから!

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