3. 娘、同級生をお父さんと呼ぶ

「ねぇねぇ! 古藤ことうさんと湯井ゆい君って付き合ってるの?」


 翌日の昼休み。

 琴乃ことのがクラスメイトたちと談笑していた。


 琴乃ことのが、俺たち以外と話しているところをあまり見たときがなかったので安心――。


「ううん! まだ付き合ってないの! けど付き合ってるような感じかな!」


 って安心できるかーー!


 琴乃ことのがクラスメイトたちととんでもない会話を繰り広げている! このクラスには前世の嫁どころか義妹もいるんだぞ!


「付き合ってるようなってどんな感じ!? まだ告白はしてないの!?」

「もう私からしちゃったよ! けど、返事はいいの! 唯人ゆいと君と気持ちは繋がってるから」



「「「きゃーーーー!!」」」



 女子の黄色い歓声が飛んでくる。

 い、居心地が悪すぎる……。


「けど、返事がもらえないってつらくない!? 古藤ことうさんは唯人ゆいと君の彼女のになりたいんでしょ?」 

「うんっ! けど今はそれでいいの! 私と一緒にいてくれるだけでいいから」

「け、健気ーー!」


 そ、それにしても全然遠慮のない会話をしているな……。

 後ろに本人がいるのだから、少しは配慮してほしい。


「ダメだよ! 湯井ゆい君! 早くはっきりしないと!」


 ほら見たことか!

 俺にまで話がふられてしまった!


「ねぇねぇ! 湯井ゆい君は古藤ことうさんのどんなところが好きなの?」

「どんなところ?」


 更に別のクラスメイトが俺に声をかけてくる!

 い、今更、そんなことを聞かれても……。


「全部だけど」



「「「きゃーーーー!!」」」



 今日一番の歓声が教室中に木霊した!


 だって自分の娘だぞ!

 どこが好きとか関係ないじゃん。


「えへへへへ。大好き」


 琴乃ことのが顔を真っ赤にしながら、幸せそうに笑っている。


 あえてスルー……。

 あえてスルーを……。


「えっ!? えぇええ!? 古藤ことうさんって湯井ゆい君のことそう呼んでるの!?」


 クラスメイトはスルーしてくれなかった……。


「ち、違くて、唯人ゆいと君ってお父さんみたいに優しいから」


 琴乃ことのが盛大にやらかしていた。

 いつかやりそうだなぁとは思ってたけどさ……。


古藤ことうさん可愛い~」

「えへへへへ」


 琴乃ことのがクラスメイトたちに茶化されている。

 それすらも琴乃ことのが嬉しそうに笑っていた。


 ――この日から、俺のクラスのあだ名は“お父さん”になってしまった。




※※※




「“お父さん”ちょっと教科書見せてもらっていいですか」


 転校してきたばかりで、まだ教科書が揃っていない結奈ゆいなちゃんが俺に声をかけてきた。


「そのあだ名やめて!」

「ふーんだ」


 今度は、何故か義妹の機嫌が悪くなっている……。


「大体、なんなんですかそのあだ名」

「俺が聞きたいくらいだよ……」


 間違いなく俺は琴乃ことのの“お父さん”なんだけど、クラスメイトたちに“お父さん”と呼ばれるのは違和感しかない。


「兄さんはお父さんじゃなくて、兄さんなんだから……」


 こちらには聞き取れないくらいの小声で、結奈ゆいなちゃんが何かをぶつくさ言っている。


 よく分からないが、どうやら義妹だけがそのあだ名に疑問をもってくれているようだ!!


「お父さん! 消しゴム貸して!」

琴乃ことの! ここでお父さんはやめなさい!」


 琴乃ことのがやらかしたことを全然気にしていないので、つい声を荒げてしまった!




※※※




「お父さん、お父さん」

「お前に言われると、より一層ムカつくな」


 放課後になると、心春こはるがニヤニヤしながら俺の席にやってきた。


「なんでよ。本当にお父さんでしょ」

「同級生に“お父さん”はただの老け顔だから! ただの悪口だから!」

「考えすぎだよ」


 心春こはるが俺の机の上に腰を下ろす。

 腰のあたりが目の前にやってきて、少しだけ目のやり場に困る。


「じゃあ、お前は同級生に“お母さん”って言われて嬉しいのかよ」

「誰が太ってるって!!」

「ほら見ろ! そういうイメージが先行するじゃん!」


 俺たちがそんな話をしている間も、琴乃ことの結奈ゆいなちゃんは同級生たちと放課後の談笑をしていた。


 一学期では見られなかった光景だ。


琴乃ことの、少し雰囲気が柔らかくなったかな」


 心春こはるがその様子を目を細めて見守っていた。


「そう? 俺にはずっとあの調子だったけど」

「あなたには分からないようにしてたのかもね。憑き物が落ちた感じがするよ」


 正直なところ、心春こはるの言っていることはよく分からないが、母親が言うのであればそれは間違いないのだろう。


「本当に琴乃ことのは昔のお前によく似ているよ」

「ちょっと! 馬鹿にしないでよ!」


 俺がそんなことを呟くと、心春こはるが勢いよく反論してきた。


「おっ! 珍しくやる気じゃんか!」

琴乃ことののほうが私より可愛いに決まってるでしょ!」

「そっちかーーーい!!」


 プライドもへったくれもない返事が返ってきた!


「はぁ……。本当にお前ってやつは」

「私、みんなと一緒に暮らせるなら琴乃ことのと重婚でもかまわないよ?」

「君は常識って言葉は知ってる?」


 心春こはるの言葉に頭を抱え込んでしまった。

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