2. お父さんは同級生

 今日もあの子がいた。


 川辺に座って、ぼーっとしているようだった。


 表情が虚ろで、何を考えているか全然分からない。


 ――そのまま川に飛び込んでしまいそうな気がして、とても心配だった。




●●●


 

 

唯人ゆいと君、唯人ゆいと君起きて! 授業始まっちゃうよ!」


 聞き慣れた声がして、目を覚ました。


「うーん……夢を見ていたような?」

「大丈夫? 昨日、夜更かしでもした? もうお昼休み終わっちゃうよ」


 琴乃ことのが心配そうな表情で、俺の顔を覗き込んでくる。


「お昼食べたら眠くなっちゃって」

「そんなに眠いの?」

「成長期なのかも」

「えっ!? 唯人ゆいと君、それ以上格好良くなっちゃうの!?」


 琴乃ことのが目をきらきらに輝かせる!


「なんでそうなる」


 “成長期”で“格好良くなる”の思考回路が全然分からん。


 我が娘ながら、そのぶっ飛んだ思考に将来が心配になってしまう!


「あちらにも成長期のかたがいらっしゃいますよ」

「え?」


 隣の席の義妹が、心春こはるの席のほうを指差した。


「すぴーーすぴーー。むにゃむにゃ」


 思いっきり寝息が聞こえてくる……。

 ガチ寝だ! ガチ寝しているやつがいる!


 心春こはるが席に突っ伏して、気持ちよさそうに寝ている。


「あいつ……!」


 こちらからでは顔は見えないが、よだれを垂らして気持ち良さそうに寝ているのが容易の想像できる!


 どれどれ! 今のうちにその顔を拝んでやろうかな!



「――あなたはだぁれ?」



 心春こはるの席に近づくと、よく分からない寝言を呟いていた。

 



※※※




「いっぱい寝たからすごい元気!」

「子供か」

「今は子供の体だし」

「高校生の体って言うほど子供か?」


 時は放課後!

 今日の授業をほとんど寝て過ごした心春こはるが、めちゃくちゃ元気になっていた!


「あれ? 琴乃ことの結奈ゆいなちゃんは?」

「文化祭の打ち合わせだってさ」

「あー、来月に文化祭があるんだっけ」

「さっきのホームルームはその話だったじゃんか」

「あはははは~! 私、寝てたし~!」

「若い子はみんな楽しみにしているっていうのに。これだから二週目はフレッシュさの欠片もない」

「誰がおばさんですって!」

「そこまでは言ってない! っていうか珍しいじゃん! お前が授業中に寝るなんて!」

「うーん、今日は眠くて仕方がなくてさ」

「夜更かしでもしてたの?」


 こいつが学校で寝るなんて本当に珍しい。

 昔は「家で勉強したくないから、授業で全部覚える!」と言っていたくらいだ。


 ……まぁ、当然その言葉通りにはいかなかったわけだが。


「気になる?」

「まぁ……」

「心配なの?」

「そりゃあ……」

「ふふーん!」


 心春こはるの目が嬉しそうに輝き出した!

 

「あなたの答えに満足したから、私もちゃんと答えてあげましょう!」

「うん」

「早めに寝たけど寝過ぎて眠いだけでしたーー!」

「ただの子供じゃんか」




※※※




唯人ゆいと君、唯人ゆいと君! 十月に文化祭あるんだよ」


 学校の帰り道、琴乃ことのが当然のように俺と腕を組んできた。


 いつもならこれを制止する義妹がいるはずなのだが、今日は委員会の他に学校の用事があるとのことだ。


「同じホームルームを受けてたんだから知ってるって」

「ねぇねぇ! 当日は一緒に回ろうよ!」

「いいよ」


 やっぱり朝は調子悪かったのかな?

 今は腕に組みつかれても、朝ほどドキドキはしなくなっている。


「いいの? 二人きりでだよ!? デートだよ!」

「二人とも! 私がいることを忘れてないかしら!」


 心春こはるの声が後ろから聞こえてきた。


「忘れてないよ。どうせ、心春こはるちゃんは前にお父さんと一緒に回ったんでしょ? じゃあ今回は私に譲ってよ」


 あっさり琴乃ことのが俺のことをお父さんと呼んできた。


 い、いや、本当にお父さんなんだから別にいいんだけどさ……。


 同級生に“お父さん”って、やたら貫禄のある子につけられるあだ名じゃないかなぁ……。


「確かにあなたの大好きなお父さんと一緒に回りましたー! あの時は楽しかったなぁ~。たこ焼き食べて、焼きそば食べて、チョコバナナ食べて」

「食べてばっかりじゃん」


 俺、知ってる……。

 美鈴みすずが、途中でお腹いっぱいになって、全然食べきれなかったやつばかりだ。


「ねぇねぇ唯人ゆいと君! お化け屋敷やるクラスもあるみたいだよ! 喫茶店とかもやるみたい! 全部回りたい!」

「まだ時間があるのに気が早いって!」


 琴乃ことのが、明日にはもう文化祭が始まるくらいの勢いで浮かれている。


 いいなぁ、こういうの。

 家族でこんな風に話しできるなんてすごく幸せだなぁ。


「なんで泣きそうになってるの?」


 一人で感極まっていたら心春こはるにツッコミを入れられてしまった。


「いや、幸せだなぁと思って」

「これから琴乃ことのの誕生日もあるんだからしっかりしてよね


 心春こはるがそう言って俺に微笑む。



(――俺と一緒に文化祭に行きませんか!?)



「……?」


 一瞬、そんな言葉が脳裏をよぎる。

 その言葉と同時に、甘酸っぱい気持ちが俺の中を駆け抜けた。


(あれ……?)


「どうしたの唯人ゆいと君?」

「ごめん。何でもないよ」


 琴乃ことのが俺の顔を覗き込んできた。


(そんなこと言ったときあったっけ……?)


 少しもやもやしながらも、俺はそのまま足を進めるのであった。

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