第三章

1. 父、娘にドキドキする

二学期初日



 今年の夏休みは、俺たち家族にとって忘れられないものとなった。


 この二学期は、俺にとって特別の意味がある。


 過去に一旦の区切りをつけて、未来へと進むためのスタートでもあるのだ!


 そんな二学期を初日から遅刻をするわけにはいかないので、目覚ましを何個もかけておいた。


 ……が、その目覚ましは鳴ることなく、自然に目が覚めてしまった。


「うーん……何か夢を見ていたような?」


 凄く臨場感のある夢だった。


 心がぽかぽか暖かくなって、それでいてどこかきゅっと苦しくなる。


 苦しくはなるが不快な感覚ではなく、むしろ胸が高揚して、嬉しくて楽しくなるような夢だった。


 間違いなくその感情は俺の中に残っているのだが、肝心の内容が全然思い出せない!


「まぁいっか! きっといい夢だったと思うし! 早く起きたし、母さんの家事でも先にやっとくか!」


 九月には琴乃ことのの誕生日もある!


 二学期はより一層、一日一日を大切に過ごしていかなければ!


 


※※※




「ゆ、唯人ゆいとが、朝ご飯の準備をしてくれたーー!!??」


 香里かおりさんの大きな声が家中に響き渡った!


「な、なんだよ、そんな驚いた声をだして……」

「どうしたの!? 今まであんたがそんなことしてくれたときなかったでしょ!? 具合でも悪いの!?」

「具合なんて悪くないって! 早く目が覚めて暇だっただけだし」

「うっうぅ……。あの唯人ゆいとが……! あの唯人ゆいとがこんなことしてくれるようになるなんて」

「えぇえええ! 母さん泣いてるの!? 大袈裟すぎない!?


 朝から香里かおりさんが目を真っ赤にしている!


「だから唯人ゆいと君は良い子だって言ったじゃないか」

「家族ができるとこんなに変わるなんて……。本当に将人まさとさんのおかげよ」


 前世の親友が、俺の母の肩を抱いて慰めている。


 むずがゆい!

 色んな所がむずがゆくなる!


 俺は一体、朝から何を見せられているんだ……!?


結奈ゆいなさんも何か言ってやってよ! そんな反応されると今度からやりづらくなるって!」

「今度からは私も手伝います……」



しょぼーん



 義妹の結奈ゆいなちゃんは何故か飛びっきりの落ち込んでいた。


「な、なんで!?」

「兄さんだけに家事をやらせてしまうだなんて……。私もお姉ちゃんになるのに」

「いやいやいやいや! みんなで大袈裟に言うと本当にやりづらくなるから!」


 二学期の初日から、湯井ゆい家の朝食はとても賑やかなものになってしまった。




※※※




唯人ゆいと君! おはよー!」 


 朝食を終えると、琴乃ことのが家にやってきた。

 これから毎日、琴乃ことのは俺たちを迎えにくるらしい。


「よし、結奈ゆいなさん行こうか!」

「はい」


 結奈ゆいなちゃんと一緒に、玄関に向かう。


琴乃ことの、おはよう」

唯人ゆいと君! 会いたかったよ!」


 琴乃ことのがそんなことを言って、すぐ俺に抱きついてきた!



ドキッ!



 あれ?

 今、心臓が痛くなったような。


「もー、ナチュラルに人のことをいなくするのやめてもらえます」

「あははは! ごめんって結奈ゆいな。そんなつもりはないんだけど」


 琴乃ことの結奈ゆいなちゃんが楽しそうにお話をしている。


「じゃあ行こっ! 唯人ゆいと君、手を繋いでいこっ!」


 琴乃ことのが強引に俺の手を引っ張り、指と指を絡めてきた。



ドキドキッ!



「!!??」


 ま、また心臓が痛くなった!

 さっきから体の調子がおかしい!


「こ、こら! 子供じゃないんだから!」

「子供だよ?」

「うっ」


 いや、そうなんだけどそうじゃない!


「はい! 私がいるところではそういうことさせませんから!」


 結奈ゆいなちゃんが俺たちの間に割って入ってきた!


「あーー! 親子の間に割って入った!」

「親子?」


 結奈ゆいなちゃんが不思議そうな顔を浮かべている!


 アホぉおおおお!

 琴乃ことのがぎりぎりを攻めたがるのは、絶対に母親似だ!


「じゃない! 恋人!」

「どっちも違う!」


 ついツッコミを入れてしまった!

 ツッコんだら負けのはずだったのに!


「まぁまぁ、予定ってことで~」

「し、幸せなやつだなぁ」

「うん! 今、幸せなの!」



ドキドキドキッ!



 琴乃ことのの一挙手一投足に胸が痛くなる。


 な、なんか今日は早く起きすぎて体調が良くないなぁ……。

 落ち着かない変な気分になってきてしまった。


「あっ! 三人ともおはよ~!」


 そうこうしていたら、心春こはるもうちにやってきた。


「三人で何してるの?」

「んっ?」


 結奈ゆいなちゃんが俺と琴乃ことのの間に割って入ってきたので、三人とも玄関でぎゅうぎゅうにくっついている形になってしまっていた。


「おしくらまんじゅう?」

「違う」


 久しぶりにその言葉を聞いた……。

 子供じゃないんだからそんなことするわけないだろう。


「それにしても結奈ゆいなちゃんもやるわね~。親子の間に挟まるなんて」

「って、やっぱりお前もかいっ!!」

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