番外編6 オフクロの味!

心春こはるちゃん、私に料理教えてよ」


 お盆明けのある日、琴乃ことのの家で三人で過ごしていたら、琴乃ことのが急にそんなことを言ってきた!


「どうしたの急に?」


 心春こはるがきょとんとした顔で琴乃ことのを見つめる。


唯人ゆいと君の胃袋をつかみたいから」

「ほーーう」


 心春こはるが眼光鋭く琴乃ことのを睨みつける!


「私が敵に塩を送ると思ってるのかしら!」

「お母さんに教わりたいっていうのもあるんだけど……」

「しょ、しょうがないなぁ~ことちゃんは! 教える! 教える! すぐ教えちゃう!」


 早い! ちょろい! 雑魚い!

 心春こはるがとんでもなく嬉しそうな顔をしている!


「も~、あのことちゃんがそんなことを言ってくるようになるなんて~」


 心春こはるが敵に塩どころか、ハチミツを送り始めた。


「お義母かあさーん! ちょっと台所借りますねー!」


 心春こはるが、洗濯物を干しているオフクロに声をかけて、琴乃ことのと台所に行ってしまった。


「……」


 あれ!?

 俺、置いてけぼりじゃない!?




※※※




「前にもこんなことあったよねぇ~」

唯人ゆいと君の家でだっけ? あのときは心春こはるちゃんがお母さんだって知らなかったなぁ」


 母と娘が雑談をしながら、キッチンで作業をしている。

 実に微笑ましい。


「二人とも! 俺も手伝おうか!」

「あなたは待ってて」

「はい……」


 やることがないので心春こはるに声をかけたが、冷たくそう言われてしまった。


琴乃ことの、何を作る気なの?」

唯人ゆいと君はあっち行ってて!」

「はい……」


 がーーーん!

 愛する二人に邪険に扱われてしまった。


「うぅ……」


 とぼとぼと、オフクロがいる居間に戻る。

 俺の相手をしてくれるのはこのおばばしかいなかった……。


「なにしょげた顔してんのよ」

「別に……」

「ははーん! さては二人に邪魔にされてきたんでしょ!」

「オブラートって言葉知ってる?」


 オフクロが、遠慮なく俺にそう言い放った!


「感慨深いねぇ。私から美鈴みすずちゃんに、美鈴みすずちゃんから琴乃ことのにこうして受け継がれていくんだねぇ」


 やばい!

 このままではオフクロの長い長い演説が始まってしまう!


「オフクロ!」

「なんだい」

「味噌汁が飲みたい! 豆腐とワカメのシンプルなやつ!」


 強引に話を切り替える!


 危ない危ない! 

 あのまま放置していたら何時間もその話を聞くことになってしまっていた!


「昔からあんたそれが好きだねぇ」

「シンプルイズベスト! 普通のが一番美味しい!」

「あんたにはご飯とふりかけがあれば満足だもんね。馬鹿舌ねぇ」

「ば、馬鹿舌って……」


 今は湯井家の大切なお子様なのに失礼だぞ。

 転生しても味覚は変わってないけどさ。


「そういえば、琴乃ことのは何が好きなの?」

「あんたと一緒、ぜーんぶあんたと一緒だよ。お父さんと全部同じやつがいいって」

琴乃ことのは可愛いなぁ」


 そっかそっか! さすが俺の娘!

 好き嫌いが多い心春こはると似なくて良かった良かった!


「食べ物だけじゃなくて、何でもお父さんと一緒が良いって言って聞かなくてね、女の子なのに本当に手を焼いたよ」

「へ、へぇ~」


 そういや、俺の好きな漫画はしっかり琴乃ことのに知られていたな……。

 もしかすると俺の趣味嗜好は全部娘に筒抜けになっているのではないだろうか。


「これでようやく琴乃ことの自身の好きなものを見つけられるかもね」

「だといいけどなぁ」




※※※




「はい! できたよ!」


 琴乃ことの心春こはるがお盆を持って台所から戻ってきた。


 お盆の上には味噌汁のお椀が二つのっていた。


「最初は味噌汁でしょう!」

「いや、それはいいんだけど、なんで二つ?」

「じゃじゃん! ここで問題です! どっちが私が作ったやつで、どっちが琴乃ことのが作ったやつでしょう!」

「はぁあああ!? これ外すと誰も得しないやつじゃんか!」


 オフクロ曰く“馬鹿舌”の俺に、急に難題がきてしまった!


「絶対に琴乃ことのの方が美味しいに決まってるじゃん。そんなの美味しいほうが琴乃ことのだよ」

「つべこべ言ってないで当ててみてよ」

「くっ」


 琴乃ことのが期待の眼差しでこちらを見ている!

 

 作ってくれた二人に怒られそうだけど味噌汁なんて誰が作っても同じ味にならないか!?


唯人ゆいと君……」

「うっ」


 愛娘が、今日初めて俺のために料理をしてくれたのだ。


 それをないがしろになんて誰ができようか!


 漢唯人ゆいと

 二人の期待に応えて見せる!


「ずずず」

「どう?」

「……」


 片方の味噌汁に口をつける。

 昔、懐かしのオフクロの味だった。


「……こっちが心春こはる

「まだ両方飲んでないじゃん」

「だってオフクロと同じ味だもん」


「「おぉおお~!」」



パチパチパチ



 二人が感心した声をあげながら拍手をしている。


「ふっ、俺を誰だと」

「さすが唯人ゆいとだね~。褒めてあげましょう」


 心春こはるが背伸びをして俺の頭を撫でてきた。


「ちょ、ちょっと! 私のもちゃんと飲んでよ!」

「もちろん!」


 琴乃ことのが頬を膨らませながらその様子を見ていた!


 心春こはるの味噌汁は、口に馴染みがある味噌汁だからすぐ分かることができた。


 “口に馴染みがある”

 これすなわち、何の新鮮さもないということ!

 何の刺激もないということ!


 琴乃ことのがどういう味噌汁を作ってくれたか楽しみだ!


「ずずず」

「ど、どう!? 唯人ゆいと君!?」

「!?!?」


 口に味噌汁を含んで風味を楽し――。


 ってしょっぱっ! 

 ってか辛い! 味噌汁で辛いって何!?


 お年寄りが飲んだら塩分の過剰摂取で死んでしまうやつだ!


「どうどう!? 私、結構辛いやつ好きだからアレンジしたんだ~」

「お、美味しい! とても美味しいよ!」


 しかし、娘が折角作ってくれた料理を美味しくないなんて言うことができるわけがない!


 俺は勢いよくその味噌汁を飲むことにした!


「ごくごく! ぷはー! 美味しい!」

「へぇ~。あんたがそこまで言うなら私も飲んでみようかしらね」

「オフクロはやめとけ、死ぬぞ」


 お、おかしいなぁ。

 心春こはるも一緒に作っていたはずなのにこんなに失敗するなんて……。


「お前もしかして知ってた?」

「何事も失敗から覚えないとね!」

「いや、あれ」


 心春こはる琴乃ことののほうを見るように促す。


唯人ゆいと君が死ぬほど美味しいって言ってくれた! えへへへ」

「ダメだこりゃ」


 心春こはるのお料理教室はまだまだ続くのであった。

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