37. 攻略しません、させません。 後編

「知ってるよ? 私、唯人ゆいと君が心春こはるちゃんのこと好きなことくらい知ってるよ?」


 あれ?

 真面目に考えて答えを出したのに、当の本人は思いのほかあっさりとしていた!


「だって私のお父さんとお母さんだもん!」

「???」


 あれれ?

 俺の言葉を気にしている素振そぶりが全然ない!


 も、もしかしてガチで娘に告白されたと思ってたけど俺の勘違いだったのか!?


「二人が好き好きだったから私が生まれたんでしょ?」

「そ、そうだけど」


 恥ずかしい!

 なんだかとても恥ずかしくなってきた!


「――私ね、お父さんたちと再会して分かったことがあるの」

「分かったこと?」

「好きがいっぱいになるってとても良いことだなぁって」

「好きがいっぱい?」

「私、唯人ゆいと君と会うまでずっと暗い気持ちだった。おばあちゃんと叔父さんはいてくれたけど、ずっとひとりぼっちな気持ちだった」

「……ごめん」

「ううん! そんなことはもういいの! けどね、唯人ゆいと君があの日私を助けてくれて、好きな男の子ができたら周りの景色がすごく明るくなって見えた!」


 琴乃ことの表情が花火の光で明るく照らされる。


「好きって凄いなって! 嫌な気持ちになったり、落ち込んだりもするけど、ぶわーーって力が湧いてくるの!」


 笑いながら琴乃ことのが俺にそう告げる。

 琴乃ことのの視線が花火から俺の顔にうつった。


唯人ゆいと君は私のこと嫌い?」

「大好きだよ。お前は俺と美鈴みすずの宝物だから」

「えへへへ。私も唯人ゆいと君が好き、心春こはるちゃんも大好き」

「けど、俺は琴乃ことののお父さんなんだよ?」

「けど、唯人ゆいと君は唯人ゆいと君でしょ?」


 唯人ゆいと君は唯人ゆいと君……。

 あんまりそういうことも考えたときなかったな……。


唯人ゆいと君は康太こうたお父さんかもしれないけど、今は唯人ゆいと君だもん!」


 今日はずっと泣いていた琴乃ことのが、今は花火の明るさに負けないくらい笑っている。


唯人ゆいと君の好きがいっぱいあってもいいもん! いつか唯人ゆいと君と一緒に暮らせればそれでいいから!」

「こ、琴乃ことの!?」

「今は娘としてかもしれないけど、“唯人ゆいと君”に“琴乃ことの”が好きになってもらえるように頑張るから!」


 琴乃ことのが声高らかにそう宣言した。


 めちゃくちゃだーーー!

 全部承知の上で、論理感とか常識とかそういうのを全部置いてけぼりにしている!


 うちの琴乃ことのが……。

 あんなに小さかったうちの琴乃ことのが……!


 常識もへったくれもなく――。


「ぷっ」


 つい笑いがこぼれてしまった。


 俺たちが転生している以上、常識もなんてなかったわ!

 それをまだ常識というくくりで考えようとするだなんて!


琴乃ことのは手ごわいなぁ」

「でしょでしょ!」


 やっぱり!

 やっぱり琴乃ことの美鈴みすずの子供だ!


 ぽわぽわ、ボケボケで……。

 でもどこか暖かい気持ちを持った女の子。

 親子、本当にそっくりだ!




「――じゃあ、俺は琴乃ことのの親でいたいから攻略されるわけにはいかないな」




 自分でも驚くほどすんなりその言葉が出た。

 結局、これだったのかも。


 同級生に転生しても俺はずっと琴乃ことのの親でありたかっただけなのかもしれない。


「うん、それも分かってる!」


 琴乃ことのが俺の言葉に微笑んでいた。


 俺たちは、将人まさと結奈ゆいなちゃんみたいな普通の親子にはなれないかもしれないな。


 年齢も同じ! 

 クラスも一緒!

 

 そんなぐちゃぐちゃな親子だけど、これも一つの“愛の形“として受け入れていくしかないか!


「これからもっと頑張るから!」

「お、お手柔らかに……!」


 これからは琴乃ことのの親の“古藤ことう康太こうた”としても、琴乃の同級生の“湯井ゆい唯人ゆいと”としても全部頑張ろう。


 琴乃ことのの好きがいっぱいになれるように頑張ろう。


「よーし! お父さんと結婚できるように頑張るぞ」

「やっぱりそこかいっ! ってかお父さん言うな!」

「さっきはお父さんでいたいって言ったのに!」




※※※




心春こはる

「あのぐわーーーって垂れ下がっていく花火いいよねぇ。ド迫力って感じで!」

「しだれ柳って言うんじゃなかったけ」

「おっ? 意外に詳しい!」

「お前が昔もその花火好きだって言うから。って、肝心のお前が忘れてるんかい」

「私は後ろは振り向かない主義なので」

「ただ忘れてるだけのくせに、カッコつけやがって」


 そんなアホなやり取りをしながら、心春こはるの隣に歩を進める。琴乃ことの結奈ゆいなちゃんと、楽しそうにお話していた。


「……琴乃ことのと何の話してたの?」

「気になる?」

「旦那と娘の話していることなら気になるでしょ」

「そっか」


 さっきまで楽し気にしていた心春こはるの表情が真剣なものに変わる。


琴乃ことのはもう子供じゃないのね」

「あぁ、俺たちが思っているよりもずっと大人なのかも」

「はぁ……。小さいことちゃんともっと遊びたかったなぁ」


 心春こはるの目は少しだけうるっと涙が浮かんでいた。


「小さい琴乃ことのとはもう遊べないかもだけど、今の琴乃ことのとは遊べるから」

「そうだよね。そんなこと言ったら琴乃ことのに怒られちゃうよね」


 心春こはるの顔が、花火が上がっている空を仰ぐ。


 こうしてコイツと花火を見るのは何回目だろうか。


 そう言えば最初はコイツから言ってきたんだよな……。

 今更だけど、すごく緊張してきた。


 湯井ゆい唯人ゆいととして、俺も琴乃ことのみたいに今を真剣に生きなければ!

 せい兄ちゃんや将人まさとみたいに俺も未来に進まなければ!


「俺、さっき琴乃ことのにも言ったんだけどさ」

「ん?」




「俺、転生してもお前のこと好きみたいなんだ」




 そのことをに伝える。

 自分唯人が前に進むために必要なことだと思ったから。



「えへへへ。知ってるよ」



 やっぱり似てるなぁ。


 今は血は繋がっていないのに、二人の表情は本当にとてもそっくりだった。

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