36. 攻略しません、させません。 中編

 四人でふらっと縁日に立ち寄った。


「あれ? そういえば将人まさとさんと母さんは?」

「二人になりたいって言ってどこかに行っちゃいました」


 義妹が俺の質問にさらっと答える。

 

 ぜ、絶対にこれを狙ってただろアイツ……!

 あんまりいい想像ができないから義父たちのことは深く考えないようにしよう!


「もふもふ、わたあめおいひいよ琴乃ことの


 わたあめをほおばりながら、心春こはる琴乃ことのが肩を並べて歩いている。

 いつの間にか、心春こはるの頭には戦隊もののお面が被さっている。


「ぐすっ……」


 琴乃ことのが涙ぐんでいていた。


「どうした琴乃ことの!? 心春こはるか! また心春こはるが何かしたのか!?」

「またって何よ! 何もしてないわよ! 失礼ね!」


 琴乃ことのが顔をふるふると横に振る。


「こんな風にみんなでお祭りをまわれる日がくると思わなかったから」


 今にも泣き出しそうなくらい琴乃ことのの声が震えていた。


琴乃ことの……」


 その様子に、俺も少しだけうるっとしてしまう。


 そうだよな……。

 俺たちは、こんな当たり前のことを今までできなかったんだもんな。


「ほら! そんな顔してないで次の屋台に行くよ琴乃ことの! 金魚すくいやろ!」

「う、うん!」


 心春こはる琴乃ことのの手を引っ張って、先に行ってしまう。俺は少ししんみりしていたのにあいつは本当にいつも通りだな……。


「三人とも少し雰囲気変わりました?」


 ふと、結奈ゆいなちゃんが俺に声をかけてきた。


「そんな風に見える?」

「少しだけ。琴乃ことのは言わずもがなですが、木幡こはたさんもどこか変わったように見えます。」


 ……よく見てるなぁ。

 きっとこの子って、周りにすごく気を使う子なんだろうな。


 将人まさとの娘なのに……。

 あの将人まさとの娘なのに!!


「かもね! 俺たちも二人に置いてかれないようにしよう!」

「は、はい」


 そう言って、結奈ゆいなちゃんの手を引っ張って二人を追いかけた。




※※※




「ぐふーーっ、お腹いっぱい!」

「まだまだ残ってるんだけど!」

「後は任せた……」


 心春こはるが屋台で食べ物を沢山買ってきたが、ほとんど食べきることができずにギブアップした!


 こ、こいつはいつもそうだ!

 食べ放題のときだって全然食べることができずにすぐにギブアップするし!


心春こはるちゃんの分も私が食べる!」

「沢山食べていっぱい育ちなさい」


 どの口が言うんでしょうかこの人は……。

 むしろ体格的に育たないといけないのはお前のほうだぞ!


「今、失礼なこと考えてたでしょ」

「普通に心を読むな」

「何年の付き合いだと思ってんのよ」


 俺と心春こはるのやり取りに結奈ゆいなちゃんが不思議そうな顔をして混ざってくる。


「お二人ってそんなに付き合い長いんですか?」

「あっ、あはははは~! 高校! 高校からだよ!」

「でも今、何年もって」

「な、なんかそういう気がしちゃって」


 あちゃー。

 また心春こはるがやっちゃってるし。


 なんでこいつはいつもこう……。


「なーんだ。お二人ってそういう雰囲気出てるので本当にそうなのかと思いました」

「そういう雰囲気?」

阿吽あうんの呼吸と言うか!」


 阿吽の呼吸かーー。

 そりゃ前世は幼馴染で夫婦だったわけだしなぁ。


琴乃ことの、美味しい?」


 心春こはるが、必死に焼きそばを食べている琴乃ことのに声をかける。


「涙でよ゛く分がんない!」


 また琴乃ことのが泣きだしそうになっている。


「うっうぅ、こんな風に……こんな風にできる日がくるなんて」

「もー、今日のことちゃんは泣き虫ね」

「だっべーー」


 心春こはるが、琴乃ことのの頬をハンカチで拭きながら、優しく声をかける。


「来月は琴乃ことのの誕生日もあるし、みんなでやろうね」

「やる! 全部やる! うっうぅ……!」


 琴乃ことのがついにわんわんと泣きだしてしまった。


「きょ、今日の琴乃ことのはどうしたんでしょうか」


 何も知らない結奈ゆいなちゃんが、今日の琴乃ことのの様子に戸惑っている。


「今日は特別な日だからさ。こんなんだけどこれからも琴乃ことのと仲良くしてあげてね」

「えっ? それはもちろんですが……」


 琴乃ことのの友達にそんなお願いをしてしまった。


 ちょっと年寄り臭かったかな。

 うちのオフクロも、俺の友達によくそんなこと言ってたっけ。


 きっとオフクロもこういう気持ちだったのかな?




※※※




唯人ゆいと君! 手を繋ご!」

「はいはい」


 琴乃ことのが指を絡めてくる。

 分かっているのか、分かってないのか!

 普通に恋人繋ぎをしてきた!


唯人ゆいと君! そろそろ花火上がるよ!」

「分かってるって」

「ううぅ……まさかまた――」

「泣いてばっかりじゃ花火見れないぞ!」

「分かってる!」



ヒューーーー



ドォン!



 色とりどりの花火が次から次へと上がっていく。

 琴乃ことのが真剣にその花火を見つめている。


「きれーー!」

「そうだな」

唯人ゆいと君、全然気持ちがこもってないよ」

「そんなことないって」



(きれーー!)

(そうだなぁ)

(気持ちが全然こもってないじゃん康太こうた



 ……。


 ふと心春こはるのほうに目をやる。


「たーーまやーー!」


 心春こはるが楽しそうな声を上げていた。

 たーまーやーなんて今の子は知っているのだろうか。


 本当に楽しそうだなぁこいつ。


 ボケてて、どこかふわふわしてるけど、明るくてとても暖かい子だった。


 つらいことがあっても、気持ちがささくれ立ってしまうことがあっても、この子と話しているとどこか和んでしまう、そんな不思議な魅力を持つ子だった。


 だから、俺はいつの間にかそんな子のことが好きになって――。


「……琴乃ことの

「どうしたの唯人ゆいと君?」

「この前の話の続きいいか?」

「この前の?」

「うん、“好き”って話」

「それがどうしたの?」

「俺さ、やっぱり女性として好きなのはお前のお母さんなんだ」

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