35. 攻略しません、させません。 前編

「なんだい息子よ。また悩んだ顔をしているね」


 夕食が終わり、縁側で涼んでいたら、義父の将人まさとが俺に声をかけてきた。


「人生、悩んでこそですから」

「おっ、今が思春期とは思えないおじさん臭い発言だね」

「うぐっ」


 なにやらご機嫌な将人まさとが俺の隣に腰を下ろした。

 

 “息子よ”にまずツッコむべきだったか。


「今日の話、結奈ゆいなから聞いたよ。琴乃ことのちゃん凄かったんだって?」

「ま、まぁ……。今だけだと思いますけど」


 へぇ~。

 将人まさと結奈ゆいなちゃんもそれくらいの会話はするようになったんだ。最初はお父さん気持ち悪いとか言っていた結奈ゆいなちゃんだったけど、思ったよりも雪解けが早かったみたいだ。


「モテる男はつらいね~」

「モテてるわけじゃないと思いますけどね」

「そう? 唯人ゆいと君って年齢の割には大人びてるし、同世代の女の子には魅力的にうつると思うけどなぁ」

「そうですかね……」


 大人びてるもなにも、お前と同じおっさんなんだよ俺!


 生きててもコイツみたいに髪はなくなっていなかったと思うけどな!


「それで、どうしてここに来たんですか?」

「う゛っ……結奈ゆいなにお父さん臭いからどこかに行ってって言われて」


 oh……。

 前言撤回だ。

 全然、雪解けしてなかった。


 琴乃ことのも俺にそういうこと言うときがくるのかなぁ……。



(えへへへ。お父さんの匂いがする!)



 いや、うちの琴乃ことのに限ってはそういうことは言わないかも……。


 将人まさと結奈ゆいなちゃんの関係の方が、親子としては間違いなく健全だよなぁ。


 ――今日の昼間の出来事を少し思い出す。




●●●


 


唯人ゆいと君って心春こはるちゃん……ううん、お母さんのこと大好きでしょ?」

「そりゃ好きさ。家族なんだし」

「ううん、私が言っているのは女の人としてってことだよ? 唯人ゆいと君、私のことと同じくらいずっと心春こはるちゃんのこと気にしてるもん」

「前世は夫婦だったしなぁ」

「じゃあ今度もそうなるの?」

「えっ?」

「今度も心春こはるちゃんと結婚するの?」

「……これからのことは誰にも分からないよ」

「じゃあ私にもチャンスしかないってことだよね!」

「え゛っ!?」

「私、唯人ゆいと君のこと好きだよ? だからちゃんと言っとくね! 私、唯人ゆいと君のことお父さんだからとか全部ひっくるめて男の人として好きだから!」




●●●


 


「……」


 あまりにも真っ直ぐすぎる琴乃ことのの告白。


 今まで湯井ゆい唯人ゆいととして、誰かと付き合うというのを真剣に考えたときがなかった。


 琴乃ことのはもう大人なんだなぁ……。

 子供だと思っていた琴乃ことのの“好き好き大好き”には、いつの間にか“男の人”としてという言葉がつくようになってしまった。


 琴乃ことのとしっかり向き合うために、俺たちが親だということを琴乃ことのに言ったが、このことにも真剣に向き合わなければいけないときが来たのかもしれない。


「若いうちはいっぱい悩むといいよ。それが人生の糧になるから」

「そういう将人まさとさんは悩み事ないんですか?」

「そりゃあるさ! これから生まれてくる子供のことに結奈ゆいなの進路だって! もちろん唯人君のことだってそうだよ。それに、どうやって香里かおりさんと二人きりになれるかずっと考えてるし!」


 おぇええ! 最後の最後に余計なこと言いいやがって!

 色々想像しちゃうだろうが!


「あれ? 今の笑うところなんだけど」

「笑えない! 全然笑えない! 普通に本気に聞こえるから!」

「あはははは!」


 将人まさとが自分の大きなお腹を叩きながら笑っている。


「いいね! そのツッコミ、俺の親友に凄く似てるよ! 」


 だろうな! 

 だって全部俺だし!


「お互いいっぱい悩んで、いっぱい成長できるようにしよう! 自分の家族のためにもね!」


 将人まさとが明るく笑いながら、俺の背中を叩いてきた。


 はぁ……。

 俺もこいつみたいに少しは能天気になれればいいんだけどなぁ。




※※※




お盆最終日

花火大会当日



「こんにちはーー!」


 今日も琴乃ことのが元気よくうちにやってきた。

 

 前に話した通り、今日は三人で花火大会に行く予定だ。


「あっ! 琴乃ことのいらっしゃーい」


 ……のはずだったのだが、湯井ゆい家の面々も一緒に行くことになった。


 将人まさとがみんなで行きたいと言ってきたからだ。


「ねぇねぇ! 唯人ゆいと君どう!?」


 琴乃ことのが、白い浴衣をこちらにくるっと回って見せてくる。


「これお母さんのだって! 可愛いでしょ!」


 あー。

 通りで見覚えがあると思ったら。


 その浴衣は確か高校の時に初めて美鈴みすずと二人きりで花火に行ったときのやつだったけか。


「似合ってるよ。とても可愛い」

「えへへへ」


 俺の言葉に琴乃ことのが嬉しそうに微笑む。


「に、兄さん私は?」


 結奈ゆいなちゃんも琴乃ことのに続いて、俺にそんなことを聞いてくる。オレンジ色の浴衣を着ていてとても似合っている。


 そういうこと気にするなんて、年頃の女の子っぽいなぁ二人とも。


結奈ゆいなさんもよく似合ってるよ!」

「そ、そうですか」


 結奈ゆいなさんは照れくさそうに俺から目線をそらしてしまった。


「はぁはぁ! 遅れちゃったーー! ごめん!」


 三人でしばらくそんなやり取りをしていたら、心春こはるがダッシュでうちにやってきた!


 心春こはるだけが今日も変わらずいつもと同じ服装だった。


「あ゛ーーー! 二人とも浴衣着ててズルい! あっ、琴乃ことのの着ているそれって昔私が――」

「ば、馬鹿っ!」


 思いっきり前世のことを口走りそうになっていたので、急いで心春こはるの口を塞ぐ!


 ま、まだ前世バレチキンレース続いてたのか!?


 俺たちが琴乃ことのの親だということは古藤家しか知らないのに、結奈ゆいなちゃんのいる前でそんなことを言おうとするなんて!


「ふがふががが!」

心春こはるちゃんズルい! 唯人ゆいと君に口を塞いでもらうなんて!」


 うちの娘がわけわからんことを言っている!


唯人ゆいと君! 私の口も塞いで!」

「い、いや、琴乃ことのは余計な事言ってないし!」

「ん~~~!」


 琴乃ことのがこちらに思いっきり口を向けている。



ポフッ


 

 仕方ないので琴乃ことのの口に手を当ててみる。


「ん~~!」


 琴乃ことのが嬉しそうに口をふがふがしている。


 ナニコレ?


 左手で前世の嫁の、右手で前世の娘の口を抑えるという特殊すぎるシチュエーション。ついでに義妹がどうしていいのか分からずおたおたしている。


「ぷはーー! ほら、早く売店行こうよ! お腹空いちゃった!」


 心春こはるが強引に俺の手をはねのける!


「あっ、私もお腹空きました!」


 結奈ゆいなちゃんが心春こはるの言葉に便乗した!


「たこ焼き食べよ! 焼きそば食べよ! ほら、琴乃ことのもいつまでもそうやってないで早く行くよ!」

「ふがっ?」


 心春こはるが待ち切れないといった様子で琴乃ことのの手を引っ張る。


心春こはるちゃん待ってよ!」


 琴乃ことのの白い浴衣が俺の目の前を通っていく。



 ――浴衣の裾のシミが一瞬だけ目に入ってしまった。




●●●


 


「はい、康太こうた! あーん!」

「恥ずかしいし、チョコバナナは無理!」

「早く~! お兄ちゃんに見つかっちゃうよ! あっ……」

「あっ、ごめん……。折角、綺麗な白い浴衣なのにシミになっちゃうかな」

康太こうたが早くしないから落ちちゃったじゃん! 三秒ルール! 三秒ルール!」

浴衣ゆかたのシミは全然気にしないのな」

「クリーニング出したら落ちるんじゃない? まぁ、落ちなくてもこれも思い出ってことで~」

「めっちゃ適当」

「そんなのもう知ってるでしょ? このシミは康太こうたが恥ずかしがってなにもできませんでした記念ということで」

「そんな思い出いらん! 早く忘れろ!」




●●●


 


 そんなこともあったなぁ。


 本当にそっくりだ。

 琴乃ことのが、昔のアイツとダブって見えてしまった。

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