34. 唯人君しゅきしゅき! 後編

「こんにちはーー!」


 貸家にお引っ越してから初!

 親バレしてから初!


 琴乃ことのがうちに遊びにやってきた!


「いらっしゃーい!」

「いらっしゃい古藤ことうさん」


 結奈ゆいなちゃんと香里かおりさんがほがらかに琴乃ことのを迎え入れる。特に結奈ゆいなちゃんとは喧嘩していたくらいだったのに、随分仲良くなったものだ。


 お父さん感激――。


唯人ゆいと君会いたかったよーー! ずっと唯人ゆいと君のこと考えてた!」


 !!??


 琴乃ことのがいきなりぶっこんできた!!

 しかも親と義妹の前で堂々と!


「あらあら、まぁまぁ」


 香里かおりさんが口に手を当てて、ニヤリとほほ笑む。

 じと~と嫌な目つきで俺を見つめている……。


「もしかしたら、一番距離の近い結奈ゆいなちゃんとそうなるのかなぁと思ってたけどこれはこれは……」

「か、母さん! 変なこと言わないで!」


 なんでこの年代のマダムはこの手の話が好きなんだ!

 そんなことを言うと全方位に爆弾を落とすことに……。


「か、香里かおりさん! なんでそうなるんですか!」


 ほら見ろ! 

 結奈ゆいなちゃんが顔を真っ赤にしている!


「だって、だって~。結奈ゆいなちゃんのほうが満更でもなさそうっていうか」

「兄さんとはこれからずっと一緒に暮らすんですからそんなこと言わないで下さい!」

「はいはい」


 結奈ゆいなちゃんが香里さんに軽くあしらわれる。

 この二人も随分打ち解けたなぁ……。

 まるで本当の親子みたいだ。


唯人ゆいとはどっちを選ぶか見ものだねぇ~」

「母さん!」


 香里かおりさん自身はとても楽しそうだが、あんまりこの手の話題を振らないでほしい!


 うちの琴乃ことのはこういうことを言う不機嫌にな――


「もういいじゃん結奈ゆいな! 好きがいっぱいって良いことだよ!」

「えっ!?」


 らなかった……。

 満面の笑みで結奈ゆいなちゃんの肩を叩いていた。




※※※




 何故か俺の部屋で宿題兼おしゃべり会が開催されてしまった!


唯人ゆいと君、あーん」

「食える! 自分で食えるから! 何故すぐあーんしようとする!」

「カップルっぽいから」


 母さんが持ってきたお菓子でさえも、俺にあーんしようとする琴乃ことの

 それを結奈ゆいなちゃんが不安気に見ている。


「ちょ、ちょっとやりすぎじゃない?」

「そう?」


 戸惑う結奈ゆいなちゃんの言葉さえも、琴乃ことのが楽しそうに微笑む。


 俺たちが親だと言ってから数日が経ったが、琴乃ことのはそのままずっとハイな状態だ。


 俺としては嬉しいと言えば嬉しいのだが、そろそろ落ち着いてもらわないと色々差支えが出てくる気がする……。


「好きって気持ちがね! ぐわーーっと溢れてどんどんどばーってなってくるの!」

「は、はぁ?」


 琴乃ことのが今の心境を表明した!

 あ、あまりにもざっくりしすぎてよく分からない!


 やっぱり琴乃ことの美鈴みすずの娘だな!


「あれ? そう言えば心春こはるは?」

心春こはるちゃんは妹の面倒見てから来るって言ってたよ」

「そっか」


 そう言えば心春こはるは、今は木幡こはた家の長女だもんな。

 色々そっちの用事もあるのかもしれない。


「気になる?」

「えっ?」

心春こはるちゃんのことが気になる?」


 琴乃ことのの大きい瞳がこちらを覗き込んでくる。


「そりゃあ」

「だよね! 私も気になるよ!」

「?」


 何だかよく分からないが、琴乃ことのが一人で納得している。


「よーし、負けないぞ! 打倒心春こはるちゃん! ぶっ倒す!」


 こ、琴乃ことのの口から聞いた時のないような言葉が出てきた!

 琴乃ことのが腕を突き出し、シャドーボクシングみたいなことをしている。


 ものすごく不穏な予感がするんですが……。


「きょ、今日の琴乃ことのはテンション高いですね……。すごく楽しそう!」

「うん! すごく楽しい! 私、今が今までで一番幸せ!」

「そ、それは良かった……」


 キラキラと輝く琴乃ことの結奈ゆいなちゃんが気圧されている!

 振り回されている結奈ちゃんが少しばかり可哀想な気がしてきた。


 琴乃ことのにもっと落ち着きなさいって言うこともできなくはないけど……。


(……)


 まぁいっか!


 琴乃ことののこの笑顔がずっと見たかったんだし。


「兄さん」

「どうしたの結奈ゆいなさん?」

「本当に付き合ってるわけではないんですよね?」

「違います。本当に違います」


 事情を知らない結奈ゆいなちゃんが、俺たちのことを勘ぐっている。


「私はいつでもいいんだけどなぁ~」


 琴乃ことのが元気よくそんなことを言ってきた!




※※※




「あっ、飲み物なくなったので取ってきますね」


 結奈ゆいなちゃんがそう言って、部屋を出ていってしまった。


「えへへへ~。二人きりになれたね」


 結奈ゆいなちゃんがいなくなった途端、琴乃ことのがこちらに身を寄せてくる。


 い、一応、そういう遠慮は少しはあったのね……。


「あんまりべたべたしすぎると変に思われるぞ」

「いいじゃん家族なんだから」

「それはそうだけど」


 ふいに琴乃ことのが俺の手を握ってくる。


「ねぇねぇ、あのとき私と付き合えないって言ったのは唯人ゆいと君がお父さんだからだったの?」


 急に琴乃ことのが真剣な顔つきになった。

 あのときって、試験のご褒美の話のときだっけか……。


「そうだよ。今まで騙してたみたいになってて本当にごめ――」

「ううん! そんなことはどうでもいいの!」


 琴乃ことのが俺の言葉を遮るように大きな声を出した。

 琴乃ことのの細い指がぎゅっと力強く俺の手を握りしめる。


「ただ本当にそれだけなのかなって」

「それだけ?」

唯人ゆいと君って心春こはるちゃん……ううん、お母さんのことずっと大好きでしょ?」

 

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