29. 本当の再会 前編

◆ 古藤ことう琴乃ことの ◆



「馬鹿野郎がーーー!! 誰がそこまでしろって言った!!」


 その大きな声で目が覚めてしまった!

 

 気が付いたときには私は病院のよく分からないお部屋にいた。

 何故かみんなが顔を下に向けている。


 あれ? お父さんはどこ?

 お母さんはどこ行ったんだろ?


「――こんなことになるならあんなこと言い続けなければ良かった」


 あっ! いつの間にかお母さんのお兄ちゃんがいる!

 真ん中にあるベッドに向かって、大きな声を出している。


康太こうた……。美鈴みすずちゃん……」


 いつの間にかおばあちゃんもいる!

 おばあちゃんはいつもお菓子くれるから大好き!


康太こうたさんのおかげで被害が最小限になりました……。恐らく奥様とお子様に犯人を近づけないようにと犯人を――」

美鈴みすずちゃんは! じゃあどうして美鈴みすずちゃんはこうなったの!?」

「そ、それが現在は調査中で分からないのですが、お子様を近くの交番に預けたあと現場に戻ってしまったとか……」

「あなたたち警察はそれを知ってて行かせたというのっ!?」


 おばあちゃんが警察の人にものすごく怒っている!

 凄い! おばあちゃんって警察の人よりも強いんだ!


美鈴みすずちゃんのことだから康太こうたを助けようとして戻ったのよ……」

康太こうた君なら大怪我でもしてない限りそんなやつらに負けないだろう! 犯人は何人いたんだ!? 動機は!?」


 こ、怖いよぉ……。

 叔父さんもものすごく怒っている。

 

 みんなが怒りん坊で何だか私が怒られている気持ちになってきた。


「犯人は一人、無差別の通り魔だったみたいです。幸せそうな家族で、特に小さな子供を狙っていたとか……。他にも死傷者がおりますので、後は調査中ですとしか……」

「……」


(わっ! わわっ!)


 お、叔父おじさんの目から沢山の涙が出ている!

 叔父さんは床にそのまま座り込んでしまった。



ガタッ!!



 いきなり大きな音がした! 

 それと同時にお部屋の入口の扉が開いた!


「会長! 康太こうたは!?」

「……将人まさと


 よ、よく知らないおじさんがやってきた!

 叔父おじさんがそのおじさんの言葉にふるふると首を横に振っていた。


 う、うわぁ……。

 どうしよう……何だか怖くなってきちゃった……。


 こういうときはお父さんに抱っこしてもらお!


「お父さん抱っこ」

「……琴乃ことのちゃん?」


 私の言葉に真っ先におばあちゃんが反応した。


「お父さんどこ? お母さんは?」

琴乃ことのちゃん……。うぅ……」


 おばあちゃんが泣きながら私を抱っこしてきた。


「おばあちゃん嫌! お父さんがいい!」

琴乃ことのちゃん……! 琴乃ことのちゃん可哀想に!」

「お父さんどこ!? お母さんどこ!? うわぁあああん! お゛どぉおおさぁあああん! お゛がぁあさぁああああん!」」


 おばあちゃんが痛いくらいに私のことを抱きしめていた。




●●●


 


「……ぐすっ」


 久しぶりにその日の夢を見た。

 今日は朝早くから、お墓参りに行かなければいけないのに……。


 当時のことについて、誰も私には教えてくれようとしなかった。


 後から、新聞やネットで自分で調べて分かったことがある。


 お父さんは私とお母さんを逃がすために盾になってくれたこと。

 お母さんはそのお父さんが心配で、私を近くの交番に預けて現場に戻ってしまったこと。

 お母さんもお父さんも守るために……ということらしい。


 その事件の死傷者は三人。

 苦しくもそのうち二人が私の両親だった。

 

 お父さんとお母さんのその話は美談として、しばらくマスコミに取り上げられていたらしい。


 あの日から私の生活は一変した。

 住む場所も、一緒に住む人もいきなり変わってしまった。


 唯人ゆいと君と出会うまでは、私も二人と一緒に逝きたかったという気持ちを抱えながらずっと生きてきた。




※※※




「本当は……。本当は俺とお前は親子なんだよ琴乃ことの。そこにいる心春こはるはお前の母親なんだよ」

琴乃ことの……」



 ん-ーーーーー!?


 唯人ゆいと君がお父さんたちのお墓の前でよく分からないことを言っている! えっ? 心春こはるちゃんが私のお母さん?


 えっ? えっ?


「お前と出会ってから前世の記憶を思い出した。自分が古藤ことう康太こうただということを、お前に会うことで思い出すことができたんだ」

「今まで琴乃ことのにちゃんと言えなくてごめんなさい。でも私たちもこの状況に戸惑っていて……」


 唯人ゆいと君がお父さん!?

 心春こはるちゃんがお母さん!?


 前世の記憶? 生まれ変わりじゃなくて?


「その……これは勝手な予想なんだけど、俺たちは琴乃ことののことが心配でここに戻ってくることができたと思うんだ」

「うん! 死んでも琴乃ことののことはずっと愛していたわ」


 えぇええええ!?

 

 ふ、二人がまるで本当のお父さんとお母さんみたいなことを言ってる!


 二人ともからかってるのかな?

 け、けど後ろにいるおばあちゃんと叔父さんはすごく真剣な顔をしているし!


 おばあちゃんはそういうことやりそうだけど、あの叔父さんがこういうことをするとは――。


琴乃ことの……」


 唯人ゆいと君と心春こはるちゃんが心配そうに私のことを見つめている。

 とても悪戯しているようには見えない。


琴乃ことの、この二人は正真正銘の私の馬鹿息子と、可愛い私の義理の娘だよ。二人があんたの親に似ていると思ったときはないかい?」

「お、おばあちゃん……」


 似ている? そんなの沢山あるけど……。


 だってついこの前まで私は、唯人ゆいと君はお父さんの生まれ変わりかもしれないと思っていて――。


琴乃ことの……」


 唯人ゆいと君が真剣な眼差しで私を見つめる。



 えっ?

 唯人ゆいと君がお父さんで、心春こはるちゃんがお母さん?

 だから二人ともあんなに仲良かったの?



 えぇっ!?

 私は唯人ゆいと君に恋をしていて、これからお父さんかもじゃなくて唯人ゆいと君のことをちゃんと見ようと思ってて……。



 えぇえええ!?

 私はお父さんが大好きで、唯人ゆいと君も大好きで、大好きな唯人ゆいと君が大好きなお父さんで、大好きなお父さんが大好きな唯人ゆいと君!?



琴乃ことの、黙ってないで二人に何か言ってあげな」


 いつの間にか私の後ろに回っていたおばあちゃんが、私の背中をポンっと押す。


「す……す……」


 口がパクパクして、上手く舌が回らない!

 頭は真っ白でぐわんぐわんするし、胸だってバクバクしている!

 ほっぺもぐわーっと熱くなっている!


「す……!」

「す?」


 唯人ゆいと君が私の言葉を待っている。

 心春こはるちゃんが優しい顔で私のことを見守っている。


 言わなきゃ……! 何か言わなきゃ!


 言いたいことがいっぱいある!

 聞きたいことが沢山ある!


 話したいことも聞いてほしいことも山ほどある!




 ――それなのに。




「好 き !!」




 私の中の“好き”が大氾濫してしまった!!

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