28. 自分の墓参り ~とある日の追憶~

 真夏の太陽がじんじんと照り付ける。

 雲一つもなくて、どこか吸い込まれそうになるくらいの青空だった。


 今、俺たちは古藤家のお墓があるお寺に来ていた。


 琴乃ことのにそう言うと決めてから、俺の心はどこか晴れやかだった。


 娘に本当のことを言わないというのは、やっぱり心の中でずっともやもやしていたのかもしれない。


 当然、この場にはオフクロと誠一郎せいいちろうさんもいる。


「私は別にいいんだけど、何で唯人ゆいと君と心春こはるちゃんもいるの?」


 琴乃ことのの言う通り、確かに今はただの同級生である俺たちが、古藤ことう家のお墓参りに同行するのはおかしいと思う。

 

「こ、これから大切な話があるから」

「大切な話? お墓で?」


 琴乃ことのが不思議そうに俺たちの顔を見る。

 心春こはるも少し緊張した様子だった。


「――ふぅ」


 誰にも気づかれないように小さく深呼吸をする。

 こんなに緊張するなんて、美鈴みすずにプロポーズするとき以来かもしれない。


「えっ? 何かみんな怖い顔してるよ!? これから何かあるの!?」


 琴乃ことのが随分困惑している!


琴乃ことの、これから二人から大切な話があるからちゃんとよく聞くんだよ」


 オフクロが琴乃ことのに優しく声をかける。

 さすがのオフクロも今日はおちゃらけない!


「私ね、ハーレム賛成派だから」 


 オフクロが俺の腹をこんこんと肘で小突いてきた。


 前言撤回! 

 やっぱりこいつめちゃくちゃふざけてるわ!


 母親からハーレムという言葉を聞かされるこっちの気持ちも考えてみろってんだ!

 大分、俺の遺産漫画に毒されやがって!


「?」


 琴乃ことのが俺たちの言葉をよく分かっていない顔をしていた。


 いいんだよ! そのまま琴乃ことのは分かってなくて!


「……ふぅ」


 アホなやり取りの後に、もう一度小さく深呼吸をする。


 何かが変わりそうで、何も変わらない予感もする。


 俺たちは、そんな仕方のない話をしながら石畳の階段を上っていった。




※※※




ちゅんちゅん



 鳥のさえずりが聞こえてくる。


 古藤ことう家のお墓の前に着いた。


 オフクロが手際よく、お墓の掃除と花を準備していく。

 誠一郎せいいちろうさんは新聞紙をくしゃくしゃにして、お線香に火を付ける準備をしているようだった。


 ――本当に何年ぶりかな。


 現代に転生してからは一回もここに来たときがなかった。

 自分と美鈴みすずの死を完全に受け入れてしまう気がして、ここに来ることができなかった。


(本当に死んでるじゃん俺)


 墓石に刻まれた自分たちの名前を確認する。

 自分の仏壇を見たとき以上の色々な複雑な感情が奥から湧き出てくる。


 当たり前だが古藤ことう康太こうたはやっぱり死んでいた。

 古藤ことう美鈴みすずも同日に亡くなっている。


 享年はとある年の九月九日。

 琴乃ことのの誕生日と同じ日だ。


 そのときのことをあまり思い出したくないが――。




●●●


 


数年前の九月九日



 今日は琴乃ことのの誕生日だ!

 今日は、日帰り旅行でもしながら豪華なディナーを三人で食べよう!

 琴乃ことのが喜ぶものを何かプレゼントしよう!


「そんな余裕うちにはないよ?」

「がーん」


 美鈴みすずが淡々と俺にそう告げた。

 貧乏暇なし、甲斐性なし。


 折角の誕生日なので今日をな何かにしてあげたかったが、お金に余裕がないのでそんな贅沢はできなかった。


 なんて情けない男なんだ俺は……!

 二人にラクをさせるためにこれからはいっぱい働かなければ!!


「まーた、そんな顔してるし。ねー、ことちゃんは何が欲しいの?」

「お父さん!」

「ほら」


 琴乃ことのが勢いよく俺のことを指を差す!

 人のことを指差しちゃ――可愛いからまぁいっか!


 美鈴みすず琴乃ことのの頭を撫でながら、ジト目でこちらを見つめる。


「そ、そうだけど、やっぱり琴乃ことのに何かしてあげたいなぁ……」

「もー! いいからとりあえず今日を楽しもうよ!」


 結局、美鈴みすずの提案で、日帰り旅行は近場のアーケード街になり、豪華なディナーは近くのファミレスになってしまった。


 うぅ……。

 思ったようにはいかないものだ。


 自分の経済力のなさに落ち込みかけるが、美鈴みすず琴乃ことのがずっと楽しそうにしていることが救いだった。


「お父さんの抱っこがいい! お母さん嫌い!」


 美鈴みすずに抱きかかえられた琴乃ことのがこちらに両手をいっぱいに広げてきた。


「な、なんでー!?」


 美鈴みすずから不満げな声が出る!


「しょうがないなぁ琴乃ことのは!」


 美鈴みすずから琴乃ことのを受け取り、琴乃ことのの頭を撫でてやる。


「えへへへ。お父さんの匂いがするぅ」


 琴乃ことのが気持ちよさそうに俺の腕の中にすっぽり入ってしまった。


「いつもいつもーー!」


 嫉妬の炎に包まれた美鈴みすずが俺の頬をつねってきた。


「痛い痛い! ドメスティックバイオレンスだ!」

「ドラマチックなんとか?」

「全然違う! ドメスティックとドラマチックを間違えるか普通!?」

「ドラマチックって素敵な言葉よね~」

「勝手に話を進めるな!」


 相変わらずほわほわしたことを妻が言ってくる……。


「それで、これからどうするの?」

「三人でアーケード見て回りましょう!」

「別にいいけど、何か欲しいのあるの?」

「ううん! ただ見るだけ! 見ーてるだーけー!」


 妻がおどけてそんなことを言っている。

 こ、子供のときにそんなCM見たときあるような……?


 それにしても自分が情けない!

 せめて、この二人が欲しいと思えるのはすぐに買えるくらいに稼げるようにならないと! 


 目指せ脱貧乏!

 美鈴みすず琴乃ことのを幸せにするために頑張らないと!




※※※




「あーー! ことちゃんは可愛いなぁ!」

「折角、俺のとこに来たのに……」


 琴乃ことのは俺に抱きかかえられているとすぐに寝てしまった。

 美鈴みすずがその隙に、俺から琴乃ことのを奪い去る!


「誘拐犯め」

「可愛い可愛い!」

「道端で頬ずりするな! 恥ずかしい!」


 俺の言葉を聞いても、美鈴みすずはそれをやめる様子はなかった。


「今日で琴乃ことのもまた一歳大きくなるんだよねぇ。いつまで抱っこできるかなぁ」

「いつまでもやるさ! そのために親父に言われてずっと鍛えていたんだし!」

「それは絶対に嘘でしょ」


 琴乃ことの美鈴みすずとぶらぶらするだけの時間が続く。

 別に何もしなくても、この二人がいれば毎日がかえがえのない特別な何かになっていく。


 間違いなく俺は妻のことを愛していたし、琴乃ことののことも同じくらい愛していた。


 これからも、ずっと一緒にいられるものだとこの時は思っていた。




※※※




キャーー!!



 近くで悲鳴なような声が聞こえてくる。


「なんだろ? 随分騒がしいけど」

「なんだろうね?」


 琴乃ことのはそのままずっと美鈴みすずに抱っこされている。相変わらず気持ちよさそうに寝ていて起きる気配がない。折角、気持ちよさそうに寝ているのにあんまり騒がしいほうに行きたくないなぁ……。


美鈴みすず、あっちに行こうか」

「うん」



ダダダダダッ!



 俺たちが踵を返そうとしたとき、ふいに誰かが勢いよくこちらに走ってきた。



 ――美鈴みすず琴乃ことのを目がけて一直線に走ってくる!



ドンっ!!


 

 咄嗟に、二人にぶつからないように間に割って入った!


 ふんっ! 親父に言われて鍛えていて良かった!

 そんなちょっとやそっとじゃ俺は倒れないぞ。


 それにせい兄ちゃんに言われて、二人と一緒にいるときは周りに気を配るようにも散々言われていたしな!


「ちょっと! 急いでいるみたいだけど、こっちは子供がいるんだから気をつけて――」

「あ、あなた! それ!」

「えっ?」


 瞬間、お腹のあたりに激痛が走る。




 ――男の手にはナイフが握られていた。




 俺は咄嗟に、美鈴みすず琴乃ことのを守るためにその男に飛びかかっていた。




●●●


 


 自分たちの名前が入った墓を見つめる。


(……もしかしたら親父がそっちから俺たちを追い返してくれたのかな? だったらずっと見守っててくれよ)


 前世の父にそんな思いを投げかける。


 今度こそ、家族を幸せにするために――。

 大切な家族を……琴乃ことの美鈴みすずを幸せにするために……!



 ――今日がそのための第一歩だ!



琴乃ことの、大切な話があるんだ」

「だ、だからなーに!? 今日はみんな様子がおかしいよ!?」

「ごめん、それはこれから話せばわかるから」

「う、うん……」

「とりあえず琴乃ことのには謝らないといけないんだ。実は……俺も心春こはるも本当は高校になってから琴乃ことのに初めて会ったわけじゃないんだ」

「どういうこと?」

「本当は……。本当は俺はお前の――」

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