31. 琴乃、壊れる!

「ほら、あんたも見てないで行ってやんな」


 二人の様子を見守っていた俺に、オフクロが声をかけてきた。


「分かってる」


 俺も泣き崩れている二人の傍に行くことにした。


「今までごめんな琴乃ことの。嘘ついてるみたいになっちゃって」

「本当に本当に唯人ゆいと君がお父さんなの……?」

「あぁ、俺が琴乃ことのの父親の古藤ことう康太こうただよ。今は湯井ゆい唯人ゆいとでもあるけど」


 ようやく娘にはっきりとそのことを言うことができた。

 四月に琴乃ことのと再会して半年も経っていないが、なんだかとても長かったような気がする。


 本意ではなかったが、結果として今まで偽ってしまう形になってしまったことは本当に悪いと思っている。


 琴乃ことのにそのことを糾弾されることになっても、一人の人間として全部受け入れよう。


「うえへへへへ」


 ――と、思っていたのだが琴乃ことのが見たときもないような表情で笑っている!


 さっきまで泣いていたのに、琴乃ことのの表情はもの凄いニヤケ面になっていた!


「本当に唯人ゆいと君がお父さん?」

「だからそうだって」

「じゃあ抱っこして!」

「えっ!?」


 琴乃ことのがこちらに思いっきり両手を伸ばしている。


「い、今はさすがに……それに琴乃ことのも大きくなったし」

「何よ! 折角、感動の再会をしたのに娘にそんなこともできないの! 鬼! 悪魔! 人でなし! 最低! 鬼畜! アンポンタン!」

「言い過ぎだぞ!!」


 心春こはるの野次が思いっきり飛んでくる!

 ま、まぁ……別に親子としての抱っこなならいいんだけど……。


「ほ、ほら……」

「わーーーい!」


 恐る恐る琴乃ことのの体を抱きかかえると、琴乃ことのがめいいっぱいに俺に抱きついてきた!


 現在の俺と琴乃ことのは同級生! 俺の方が背が高いとはいえ、体格的にはそんなに変わるものではない!


 抱っこというよりはただのハグみたいな格好になっている!

 

「えへへへ、お父さんの匂いがする! やっぱり私は正しかったんだ!」


 琴乃ことのが思いっきり、俺の顔に頬ずりをしてくる!


「こ、こら! もう子供じゃないんだから! 俺は唯人ゆいとだけど唯人ゆいとじゃないんだぞ!」

「分かってるよ! 唯人ゆいと君だけどお父さんなんでしょ!?」

「そうそう!」

「二倍お得じゃん!」

「はぁ!?」


 琴乃ことのが謎のお買い得理論を持ち出した!


 やっぱり分からない!

 思春期の娘の考えていることはさっぱり分からない!


「えへへへ、お父さん! 唯人ゆいと君! どっちも好き! 大好き! 好きが二倍……ううん! 二乗になった!」


 こ、琴乃ことのがよく分からないことを言っている……!


「大好……うっ……うぅ」


 さっきまで口数が多かった琴乃ことのの言葉が急に詰まる。


「う、うわぁあああああん! お父さーーーん! ずっと会いたかった! 会いたかったよーー! 寂しかったよぉお!」


 琴乃ことのが再びせきを切ったように泣き始めた。


「……ごめんな。今まで本当にごめんな琴乃ことの

「お父さんもお母さんもどうしていなくなっちゃったの!? 馬鹿馬鹿馬鹿!」

「ごめん、本当にごめんな」

「お父さんも馬鹿! お母さんも馬鹿! 寂しかった! ずっと寂しかったんだから!」


 琴乃ことのがようやく俺たちに不満を吐きだした。


「ごめんねことちゃん」


 心春こはる琴乃ことのの頭を撫でる。


 琴乃はしばらく子供に戻ったように泣きじゃくっていた。




※※※




「ねぇねぇ! 私たちこのまま一緒に暮らせる?」


 左手に俺と、右手に心春こはると手を繋ぎながら、琴乃ことのが足取り軽く石畳の階段を下りていく。


「それは難しいなぁ……。俺も心春こはるも今は自分の家族があるし」

「そっか、そうだよね……」


 俺がそう言うと、琴乃ことのがしゅんと落ち込んでしまった。


「無理言うんじゃないよ琴乃ことの。二人は、今は湯井ゆいさんちと木幡こはたさんちの大切なお子さんなんだから」

「むー」


 オフクロが俺たちのフォローをするように琴乃ことのに声をかける。


「これからはできるだけ毎日会いに来るから」

「本当!?」

「もちろん」


 俺がそう言うと琴乃ことのの表情が一瞬でパァアアと明るくなった!


「私はできるだけなんて言わずに毎日行っちゃおーー!」

「本当!?」


 心春こはるが俺の言葉に続く。


 う゛っ!

 何故か心春こはるに負けた気分になる!


唯人ゆいと君! 唯人ゆいと君!」

「なに?」

「好き!」

「お、おう」


 琴乃ことのが思う存分に浮かれている!


 お、おかしい! 

 父親だと言ったら少し距離を置かれると思っていたのに!


「あ、あんまりそういうことは他の人に言っちゃダメだぞ」

唯人ゆいと君以外に言うわけないじゃん!」


 な、何かこの感じ見覚えがあるな……。

 そう、これはまるで出会った頃の――。



「ねぇねぇ唯人ゆいと君! 私たち結婚できるよね!?」



 はぁああああ!?

 父親だと言ったはずなのに琴乃ことのがとんでもないことを言ってきた!


 琴乃ことのが! うちの琴乃ことのが壊れてしまった!

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