19. 娘、お父さんにおねだりをする!

 長かったゴールデンウィークが明けて、いつもの学校生活がスタートした。


「えー。それでは五月の中旬には中間テストがあるので皆さん気を抜かないように――」


 担任のキタハラがホームルームの時間にそんなことを言ってきた。


 学生の最大最強の敵、中間・期末テストが間近に迫っていた!


 高校生活二周目の俺は当然そんなの余裕……ではない!


 高校の勉強って難しいんだよなぁ。

 数学なんてさっぱりだ!


 学校の勉強は社会に出るとあまり役に立たなくなるのを知っているので、尚更勉強に身が入らない。


 だが――。


唯人ゆいと君、今日から一緒に勉強しよっ!」


 琴乃ことのが俺のことを勉強に誘ってきてしまった。

 正直やりたくないし、気が進まない。


「分かった。一緒にやろう!」


 しかし、琴乃が頑張ろうとしているものを、がサボるわけにはいかないのだ! 


 俺がお手本になれるよう、一生懸命頑張らなければ……!


「じーーー」


 そんな気合を自分に入れていたら、近くの席から熱い視線を感じる……。


「じーーー」


 コハタコハルが なかまに なりたそうにこちらをみている!


「じゃあ行こう唯人ゆいと君! 今日は図書館で勉強しよっ!」


 しかし コトノは それをむしした!


 余りにも無慈悲。


 琴乃ことのの視界には木幡こはたは入っていなかった。少しだけ我が娘に天然たらしの才能を感じてしまう。


「こ、木幡こはたさんも一緒に勉強する?」


 熱視線に負けて、俺は木幡こはたに声をかけてしまった……。


 木幡こはたが嬉しそうに、コクンコクンと首を縦に振っている。

 どこかの民芸品にあんなのあったな。


「むー。何で唯人ゆいと君が心春こはるちゃんのこと誘うの」


 琴乃ことのが眉をひそめている。

 

「ほ、ほら。木幡こはたさんって頭良さそうだし」

「今回のテストが初めてだよね。誰が頭良いとか分からなくない?」


 確かに……。

 

 木幡こはた琴乃ことのにそう言われて、明らかにしゅんと落ち込んでしまっている。


 真偽はとりあえず本人に聞いてみるしかない!


木幡こはたさんって勉強できるの?」

「ま、任せて! 昔は成績良かったんだから!」


 今の話聞いてんだよ! 今の!

 その歳で昔とか言ったら小学校とかの話になるだろ!


「じゃあ俺たちに勉強教えてくれない?」

「いいの!? 任せて!」


 木幡こはたが声を弾ませる!


「むむむー」


 一方、琴乃ことのは不満気に俺のことを見つめていた。




※※※




 三人で学校の図書館に来て、中央の勉強テーブルに腰をおろした。


心春こはるちゃんは私の隣ね。唯人ゆいと君の隣は絶対ダメだから」

「わ、私の隣に来てくれるの!? ありがとうことちゃん!」


 な、何故か木幡こはたがお礼を言ってしまっている。しかも涙ぐんでいる。


 あ、あまりにも木幡こはたが必死だったのでつい助け舟を出してしまったが、本当にこれで良かったのだろうか?


 女の子大好きっ子に変な火をつけたりしないだろうか心配になってくるなぁ……。


木幡こはたさんって頭良いんだよね?」

「うん! 任せて!」


 木幡こはたが自信たっぷりにそう答えた。


「じゃあここ教えてほしいんだけど……」

「そこ? そこはね!」


 数学の教科書を取り出し、木幡こはたにとりあえず教えてもらうことにした。


「ちょっと待ってね。そこはね。うーんとね」

「……」


 す、すぐに不穏が空気が流れる!


「すぐにできるからもうちょっと待っててね」


 必死に木幡こはたがノートに何かを書いて計算している。


「もうちょっと! もうちょっとで解けそうだから……!」



カキカキカキカキ



「あと少し! あと少しだから!」

「……」


 絶対にあかんやつだ。

 なんだったんだこいつのさっきの自信は……。


「なんで心春こはるちゃんに先に聞くの! もっと私のことを見て!」


 今度は琴乃ことのがぐいぐいきた。


「ごめん琴乃ことの、じゃあここを教えてほしいんだけど」


 今度は琴乃ことのに教えてほしい問題を聞いてみる。


「うん! そこはね。うーんとね、ちょっと待っててね!」

「……」


 再び流れる不穏な空気……。


「も、もうちょっとで解けそうなんだけどなぁ……」


 琴乃ことのも必死にノートに何かを書き殴っている。


「……」


 俺、知ってる。

 これ二人ともダメなやつだわ。


湯井ゆい君ちょっと待ってね。もう少しで分かりそうだから!」

心春こはるちゃん絶対に分かってないでしょ! 私の方が先に解いて唯人ゆいと君に教えるんだから邪魔しないで!」




(「あなた待っててね。今、琴乃ことのと二人で父の日のプレゼントの絵を描いてるところだから」)

(「お母さん下手くそ! 琴乃ことののほうが、お父さんのこと上手に描けるんだから邪魔しないで!」)




 ――あれ? 

 二人の張り合っている姿を見ていたら、ふとそんな昔の光景が脳裏をよぎってしまった。


「もーー! 分かんない! 湯井ゆい君、ちょっと教えてよ!」

「ごめん唯人ゆいと君……。分からないから私にも教えてくれない……?」


 馬鹿が二人も揃いやがって!! 



 俺 も 分 か ら な い ん だ よ !!




※※※




木幡こはたってマジでさぁ……」

「な、なによ! いきなり呼び捨てにするわけ」

「もういいじゃん。馬鹿なんだから」

「ぐっ……」


 木幡こはたが俺の言葉にすごく悔しそうな表情を浮かべる。


「よくそのていたらくで、あんな自信まんまんな顔できたよなぁ」

「む、昔はもうちょっとできたの! こんなの社会に出たら役に立たないんだから!」


 ダサい。ダサすぎる。

 小学校のときに百点取ったのを、大人になってからずっと自慢しているようなものだ……。しかもできない人間が言うと、社会に出たらのくだりがものすごい負け惜しみに聞こえてしまう。


「……」


 木幡こはたとそんなやり取りをしていたら、琴乃ことのが真面目な表情で何かを考えこんでいた。


「どうした琴乃ことの? 難しい顔をして」

「何だか唯人ゆいと君と心春こはるちゃんって仲良くなれそうな気がする」

「ないない」

「むぅ」


 琴乃ことのが真剣な眼差しで俺のことを見つめる。


「――ほしい」

「えっ?」

「ご褒美がほしい!」

「ご褒美?」

「私が今度のテストで心春こはるちゃんに勝ったらご褒美がほしい!」


 琴乃ことのが、木幡こはたにバチバチと対抗心を燃やしていた!!

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