18. 絶対に好きにならないもん!

「じゃあ心春こはるちゃん! もう帰っていいよ!」

「え゛ぇえ゛!?」


 琴乃ことのにそう言われて、木幡こはたからとんでもない声が出ていた。


 めちゃくちゃ寂しそうな顔を浮かべている。


「琴乃、それはちょっと――」


 あまりにもむごすぎる。


 好きだの、好きじゃないだの、実に女子高生らしい会話が続いていて、中々あいだに入ることができなかったが、つい口出ししてしまった。


 好きな人にそんなこと言われたら、誰だってショックだよそんなの!


 同性愛とは言え、木幡こはた心春こはる古藤ことう琴乃ことのに恋しているのに!


「ほら、木幡こはたも折角うちの手伝いに来てくれたんだからさ。このまま帰すのも悪いだろ」

「あなたの手伝いに来たわけじゃないわ」


 木幡こはたが余計なツッコミをしてくる。

 今、お前のフォローしてやってるんだから茶々を入れてくるな!!


心春こはるちゃんは唯人ゆいと君のこと好きじゃないんだよね? じゃあ何で心春こはるちゃんは唯人ゆいと君んちに来たの?」

「そ、それは……」


 お前のことが好きだからだよ。言わせんな。


 木幡こはた琴乃ことのに詰め寄られ、困った表情をしている。

 同性の恋愛って難しいよなぁ……。木幡こはたが少し可哀想になってくる。


「ま、まぁ。今、お茶とお菓子でも出すから二人ともちょっと休んでてよ」


 そう言って、俺は二人が綺麗にしてくれた台所に向かった。




※※※




「二人ともお茶でいい?」

「うんっ!」


 俺の部屋から琴乃ことのの元気な声が聞こえてくる。


「お茶っ葉、お茶っ葉は……」

「わざわざ、お茶っ葉で入れなくていいわよ。そこにあるティーパックでいいから」


 木幡こはたが俺の手伝いにやってきた。


 テキパキとコップとお菓子を用意をしていく。


 一応、ここ俺んちなんだけどね……。

 そういう遠慮のなさが誰かに似ているような気がする。


 そうだ! うちのオフクロだ! そういうことを人の家でずけずけとできるのはうちのオフクロとかオバハンのやることだ!


「今、失礼なこと考えていたでしょ」

「ぐっ」


 若いのに鋭い! 思っていたことをズバリ見抜かれてしまった。


「ところで、あなたにはお礼を言わなきゃっと思ってたの」

「お礼?」

琴乃ことののことそんなになるまで守ってくれたんでしょ」


 木幡こはたが俺の左手に巻かれた包帯を見ていた。


「琴乃のためにありがとうね。その包帯いつ取れそうなの?」

「い、いや当然のことしただけだし……。ゴールディンウィーク明けには取れると思うよ」

「そう。良かった」


 この前のドタバタとはうって変わり、今日のこの子からはすごく大人びた印象を受ける。


「お礼を言っとくけど、琴乃ことののこと泣かせたら絶対に許さないんだからね!」


 木幡こはたから異様なプレッシャーを感じる!

 なんなんだ今日の木幡こはたは! この前ファミレスの前でビービー泣いていた女とは思えん!


「大丈夫だよ。前にも言ったけど、俺にとって琴乃ことのが一番大切な人だから」

「ふーん。男って簡単にそういうこと言えるからなぁ」


 高校一年生の女子が随分ませたことを言ってらっしゃる。


「っていうかさ、ちょっと気になってたんだけど何であの日あそこにいたのさ?」


 話題を変えてみる。少しだけ気になっていたことを率直に木幡こはたに聞いてみた。


「あそこ?」

「ほら、ホテルの前で――」


 木幡こはたの顔が一瞬で耳まで赤くなった!


「あ、あれは! ただ思い出巡りをしてただけっていうか!」

「思い出巡り? ホテルの前で?」

「うぅーーー!!」


 や、やっぱりヤバいやつじゃないかコイツ!


 同性愛者の木幡こはたがホテルの前で思い出巡り? その年齢で?

 あまり良くない想像が色々と膨らんでしまう!


琴乃ことのに悪影響になることは絶対にやめろよ!」

「なんであんたにそんなこと言われなきゃいけないのよ!」


 心配になり、そう声をかけると木幡こはたがそれに反発するかのように大きな声を出してきた!



「じーーーーーーーーー」



 う、後ろから熱い視線を感じる……。

 琴乃ことのが扉のすき間からこちらをまじまじと見つめていた。




※※※




「なんで心春こはるちゃんは唯人ゆいと君と二人きりになろうとするの?」

「してないしてない!」


 木幡こはた琴乃ことのの尋問を受けていた。


「私が唯人ゆいと君と一緒にいると邪魔してくるじゃん。さっきも仲良さそうにしてたし」

「違う! 本当に違うの!」


 そうなんだよ、違うんだよ琴乃ことの木幡こはたはただお前と一緒にいたいだけなんだよ。


 琴乃ことのはすごく可愛いからこれからこういう恋愛が増えるかもしれない。


 俺は、自分のことを好きになってくれた人にはなるべく誠実に答えてあげるべきだと思っている。琴乃ことのは多分、まだそのあたりのことがよく分かっていない。



 ならば……。


 ならば俺ができることは……。



 琴乃ことのが、ちゃんと木幡こはたを振ることができるようにサポートしてやらなければ!!!



琴乃ことの木幡こはたさんの気持ちも少しは汲んでやらないと」

「だ、だって……」

木幡こはたさんだって琴乃ことののことを大切に思っているんだよ。それは嬉しいことなんじゃないかな」

「うっ」


 琴乃ことのが困り顔を浮かべながら、俺の言葉に耳を貸していた。


「ごめんね心春こはるちゃん……。唯人ゆいと君が取られそうだと思うとどうしても心配になっちゃうの」

「さっきも言ったけど大丈夫だから。湯井ゆい君は私の趣味じゃないから安心して」


 何か余計な一言があった気がするが聞かなかったことにしよう。


「本当に本当?」

「だから本当だってば。だって私には好きな人がいるもの」


 !!??


 で、でたな! 匂わせ発言! 聞いているこっちがハラハラしてきてしまう!


「それ唯人ゆいと君じゃない? 大丈夫?」

「大丈夫、湯井ゆいくんのことは絶対に好きにならないから」

「約束だからね。嘘ついたら針千本だからね」

「うん。針千本でも針万本でもそのときは飲むから」


 とりあえず今の会話で二人とも納得したようだ。

 ふぅ。場が収まって今日はめでたしめでたし。


「じゃあ、私は帰るから琴乃ことのも遅くならないようにね。家に着いたら連絡してね」

「うん」


 ど、同級生に言う言葉かそれは? 過保護というかなんというか。


 形は違えど、木幡こはたはそんなに琴乃ことののことを心配してくれているのか。


「ごめんな。つらい思いさせて」


 俺は思わず木幡こはたにそんな言葉をかけてしまっていた。


「えっ? 気づかってくれてるの?」

「一応」

「ふふっ。そういうところは私が好きだった人に少し似ているかも」


 好きだった? 何のことだか分からないが随分変な言い方するなぁ……。


湯井ゆい君のことは絶対に好きにならないから安心してね」

「知ってる」


 俺がそう言うと、木幡こはたは笑いながら俺の家を出ていった。




※※※




琴乃ことの木幡こはたさんにはちょっときつくない? 嫌いなの?」


 二人きりになった室内で俺は琴乃ことのに直球でそんなことを聞いてみた。


「そんなことないよ? 仲は良いんだけど……」

「良いんだけど?」

「何かね。私がやることなすことに色々言ってくるから、ちょっと困っちゃうときがあるんだ。まるでお母さんみたい」


 はぁああああ!?

 あいつがお母さん? あの女の子大好きっ子がお前の母親っぽい!?


 お前の母親はな! もっと可愛くて、賢くて、可愛くて、美人で、おしとやかで、可愛かったんだぞ! 


 それをあんな変人と一緒にするなんて、お前の目は節穴か!


「そ、それは大変だね」


 そうは思っても娘の友達の悪口なんて言えないので、俺はそんなありきたりなことを言うことしかできなかった……。


 なんだか色々ドタバタしてしまったが、こうして高校一年になった琴乃ことのと俺の初めてのゴールデンウィークは幕を閉じた。


「ねぇねぇ、ところで唯人ゆいと君」

「ん?」

「お土産でお布団持って帰っていい?」

「ダメに決まってるだろ!!!」

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