14. おとーさんしゅきしゅき

「ほらー! ことちゃんが立ったよ!」


「あぅあぅ!」


「ほら、頑張れ! 頑張れ! お父さんのところまで頑張れ!」


「おとーさんおとーさん! しゅきしゅき!」


「何で最初に覚えた言葉が“お父さん”と“好き”かなぁ。ふふっ、この子、私のこと忘れてないかしら」


「えっ? 呼び方? えへへへ。だって可愛いんだもん、つい“ちゃん”付けで呼びたくなっちゃうじゃん。あなただって昔は私のことちゃん付けで呼んでくれてたくせに」


「あははは、私たち厳しい親にはなれなさそうだね」


「私の夢? 大きくなった琴乃ことのとみーちゃんのライブを見に行くことかな!」


「な、なによ! そんなに笑うことないでしょう!」




●●●




ピロン!



 携帯のメッセージ音で目が覚める。


 懐かしい夢を見た。


 暖かくて優しくて、そしてとっても寂しい夢。最近、前世の夢を見ることはなかったのに、どうしてか今日の朝はその夢を見てしまった。


「うぅ……うーーん」


 寝ぼけまなこで携帯の画面を見る。


『おはよう唯人ゆいと君! 今日は何してるの?』


 ゴールデンウィーク後半。

 毎朝、琴乃ことのからのメッセージで目が覚める。


「“今日は部屋の掃除でもしてるよ”っと」


 俺はすぐさま琴乃ことのにそう返信した。


 毎日毎日、今何してるの? どこで何してるの? と琴乃ことのからメッセージが届く。


 俺も慣れたもんだ。

 ある意味ルーチンワーク化して――。



ピロン



 嘘ですっ! 全然慣れてません!

 いつも秒で返信くるので、携帯が手放せない生活となってしまいました!


『じゃあ私も手伝いに行っていい? 唯人ゆいと君、まだ手が良くないでしょ?』


 琴乃ことのからそんなメッセージが届いた。




※※※




「わーー! ここが唯人ゆいと君の家なんだね!」


 朝の九時。

 住所を教えたらすぐに琴乃ことのがやってきた!


 しかし俺も甘いなぁ……。

 琴乃ことのがやりたいって言うことを全然断ることができない。


「お、お母さんは今日はいないの?」


 琴乃ことのは緊張した様子で俺にそうたずねてくる。


「いないよ。仕事行ってる」


 今の母親のことを琴乃ことのに言うのに不思議な感覚を覚える。

 琴乃ことのは俺のその言葉を聞き、少しだけ安心した様子を見せた。


「そ、そっかぁ、じゃあまたの機会だね」

「またの機会?」


 琴乃が何をやろうとしているのか分からないが、どこか決心めいた表情をしていた。


「それにしても、ここが唯人ゆいと君んちかぁ」

「別に面白くないでしょ。琴乃ことのの家の方が広いし」

「ううん、そんなことないよ。唯人ゆいと君がここで育ったと思うと何だか感慨深いなぁと思って」


 琴乃ことのは、そんなことを言いながら、人の家を興味深そうに眺めている。

 いや、俺の育った家はお前の家でもあるんだけどね。


「くんくん」


 琴乃ことのが何故か匂いを嗅ぎ始まった!


「……何してんの?」

「えへへ。唯人ゆいと君の匂いがするかなぁと思って」

「するわけないだろ! 人んちの匂いを嗅ぐな!!」

「うぅー」


 琴乃ことのが心底がっかりした顔をしている。

 ちょ、ちょっとはマシになったと思ったけどやっぱりどこかズレた行動をする……!


 家の匂いを嗅がれて、いい気分するやつなんていないだろ……多分。


「俺、自分の部屋掃除したいんだけど……」

「えっ!? 唯人ゆいと君の部屋入れてくれるの?」


 入れるとは言ってないのに、琴乃ことのがとびっきりの笑顔をこちらに見せてきた。




※※※




唯人ゆいと君のお部屋ー♪ 唯人ゆいと君のお部屋ー♪」


 琴乃が俺のベッドに腰をかける。

 結局、普通に俺の部屋に入ってしまった。


「えへへ。ここでいつも私と携帯でお話してるんだ」

「そうだけどさ」

「えへへへへ」


 ……警戒心なさすぎないか?

 男の部屋にきて、すぐにベッドに座るなんて、どう見てもその気になってるとしか見えない。


 オフクロは、ちゃんと琴乃ことのがここに来るときに気を付けろと言ってくれたのだろうか。


 俺と琴乃ことのじゃなかったら大変なことになっているかもしれないのに。


「あーー! お父さんの匂いがするーー! 唯人ゆいと君の匂いがするーー!♡」


 俺の掛布団かけぶとん琴乃ことのが顔をうずめて喜んでいる!!

 語尾に飛びっきりのハートマークをつけて甘い声を出している!


「えへへ、えへへへへ」

「ど、どうした?」

「お父さんだ、お父さんがいっぱいいるよ~。しゅき~♡」


 琴乃ことのが壊れてしまった!


「ど、どうした!? 大丈夫か琴乃ことの!?」

「うぅー。しばらくこのベッドから離れたくないぃ~」


 琴乃ことのがどんどん布団に潜り込んでいってしまう。


「幸せ~」


 そのまま俺のベッドに横になってしまっていた!


「お、おい!」


 琴乃ことのが目を細めて気持ちよさそうな顔をしている……。

 まさに猫にマタタビ状態だ。


「片付け手伝う気ないだろ……」

「あるよ~」

「じゃあ布団から出ろ」

「やだ」


 はっきりと琴乃ことのが俺に拒絶の意志を示した。お父さん、ちょっとショックです。


「はぁ……俺は勝手に掃除してるからな」

「一緒に寝よ?」

「は?」

「一緒に寝ようよ」


 琴乃ことのが掃除しようとする俺を全力で邪魔してきた。

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