3. 父と娘は同級生 前編

 “お手柄! 地元高校生が不審者を撃退”


 次の日の地方紙の一面だった。


 地元高校生とはもちろん俺のことだ。


 この話はまたたく間に学校内に広がった!


「すげーじゃん湯井ゆい! 柔道なんかやってたのかよ!」

「あはは……何だか無我夢中で……」

「その包帯も名誉の負傷って感じがしてかっこいいじゃん!」


 クラスメイトたちが俺の席を取り囲んで、次々と称賛の声をかけてくる。


 くっそー、湯井ゆい唯人ゆいとめ。知ってはいたが、あんまりスポーツはやってなかったな。あれしきの動きで体がバッキバキだ!


「ゆ、湯井ゆいくん」

「ん?」


 クラスメイトの輪をかいくぐり、今日はサイドポニーの髪型にした琴乃ことのが俺に声をかけてきた。


「き、昨日はありがとうね」

「気にしないで。当然のことしただけだし」


 クラスメイトたちが、俺たちのことを茶化すようにひゅーと口笛を吹いたり、キャーキャーと黄色い歓声をあげている。


「えっ!? 湯井ゆいくんが助けた女子高生って古藤ことうさんだったの!?」

「なにそれ!? 席も近いし運命じゃん!」

「いいなぁ! 私もそんな風に助けられてみたい!」


 クラスの女子が好き勝手に次から次へと色んなことを言ってくる!


「だ、だからそんなの当然のことしただけだってば」


 子供を守るのが親の使命なのだから、こんなの当然だ!


 そんな当たり前のことをしただけなのに、こんな大げさに言われるとこっちがどうしていいのか分からなくなってしまう!


「そんな風に鼻にかけないのも素敵じゃない!? そう思うでしょ琴乃ことの?」

「う、うん」


 ダメだこりゃ。


 俺の経験上、この手のノリになると何を言っても場がおさまらない。嵐が過ぎ去るまで耐えきるしか道はないのだ。


「ゆ、湯井ゆいくん?」

「ん?」


 琴乃ことのがおずおずと俺に話しかけてきた。


「よ、良かったら今日一緒に帰らない?」


 

「「「キャーーーーーーー!!」」」



 甲高かんだかい女子たちの歓声が聞こえてきた……。




※※※




湯井ゆいくん、左手大丈夫?」

「大丈夫だよ。すぐくっつくみたいだし」


 放課後になり、琴乃ことのと一緒に下校していた。

 校門をくぐるまでクラスの野次が、なんやかんやと聞こえてきて非常にうるさかった。


「そ、その! 昨日はごめんね。湯井ゆいくんのほうが大変なのに私ばっかり泣いちゃって」


 琴乃ことのが申し訳なさそうな顔をして俺に謝罪をしてくる。


「だから大丈夫だって」

「う、うん」


 今日、何度目か分からない「大丈夫」という単語を口に出す。


「そんなことより古藤ことうさんの色んな話聞きたいな」(親として)

「えっ!?」


古藤ことうさんのこともっと知りたいんだ!」(親として)

「えっ? えぇえ!?」


古藤ことうさんのこと全部知りたいんだ!!」(親として)

「えぇえええええええ!?」


 何故か俺の言葉に琴乃ことのが大げさに驚いて、顔を真っ赤にしていた。


「な、何で!? 湯井ゆいくんはいつからそうだったの!?」

「いつからって?」

「い、いつから私のことそんなに気になってたのって!?」

「そりゃ生まれる前からだよ」

「う、生まれる前ぇええ!?」


 プシューーー! と琴乃ことのの頭からは煙が吹き出しそうになっていた!


「そ、それは大げさだよぉ……」

「大げさなもんか。君のことはずっと気になってたんだ。今日こんな風に話せて本当に嬉しいよ」

「うぅ……」


 歩きながら話をしていたが、急に琴乃ことのはその場でピタッと足を止めてしまった。


「じゃ、じゃあ昨日のあの言葉はどういう意味だったの……!?」

「あの言葉?」

「“俺の一番大切なもの”って!」

「そのまんまの意味だけど」

「ほ、本気で言ってるの!?」

「そんなこと冗談で言うかよ」


 何を言ってるんだこの子は!

 親が自分の子供以上に大切なものがあるわけないじゃないか!


「うぅ」

「何だよ困った顔して」


 琴乃ことのの顔は限界まで真っ赤になり、目は潤んでいるように見える。


 何かに耐えるように制服のスカ―トのすそを両手でぎゅっと握りしめていた。


「ゆ、湯井ゆいくんは――」

「ん?」

「や、やっぱり何でもない!!」


 そう言って琴乃ことのは、俺に背中を向けた!


「またね、湯井ゆいくん! ちょっと色々考えさせて!」

「う、うん?」


 どひゅー! と音を立てて、琴乃ことのは俺から逃げるように家のほうに走り出してしまった。


 色々? 

 琴乃ことのは一体何を考えるつもりなんだろう?

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