第49話 こぼれ落ちた幸せ⑬
「正行さん、ごめんなさい。もう貯金がなくなってヘルパー代を払えなくなりました。実家に帰ります。一緒に駆け落ちしようと言ってくれて嬉しかった。でも大好きな正行さんにそんなこと、させられません。今まで本当にありがとう。」
メッセージを打つとスマホをバッグに入れ、高速バスに乗った。那津は何度も目尻を拭い、自分の心をグッと殺した。
成瀬はやるせない気持ちになった。少年課にいた頃、似たような話をいくつも聞いた。子供が一生懸命節約して送った仕送りで親が遊んで、挙げ句に借金までして、その尻拭いを子供に押し付ける。当たり前のように。
「浦原さんはお母さんのために大好きな人と別れざるを得なかったんですね。浦原の奥さんって誰なんですか?」
「奥さんは私の姑です。」
「姑?お金を貸してくれた人ですよね?ということは…」
那津が話を続けようとしたところでドアがノックされた。
「こんにちは、那津さん。お客さんでしたか?」
小柄な若い男が入ってきた。那津は先程までの寂しげな様子から一転はにかむような笑顔を見せた。
「敦人さん。」
と同時に後ろから今田が顔をのぞかせて手招きした。
「また来ます。その時は続きを聞かせてくださいね。お大事に。」
成瀬は男と那津に会釈して病室を出た。
那津と二人きりになった敦人は那津のベッドの傍らの椅子に腰掛けた。
「今の人は?」
「警察の人。成瀬さんっていうの。近くに来たから寄ってくれたそうなの。私のところには家族のお見舞いがないから気にしてくれたみたい。」
「そうなんだ。いい人もいるんだね。僕の方は今日、東京にいる先輩の弁護士さんに会ってきたよ。」
敦人は博子から預かった那津の洗濯物をボストンバッグから取り出すとロッカーに片付け、かわりに汚れ物をボストンバッグに入れた。
「東京まで私の荷物を持って行ってくれたの?ごめんね、重かったでしょう?」
申し訳なさそうにする那津の手を敦人は取った。
「なんのなんの。将来の奥さんのためですから、なんてことないよ。」
「敦人さん、恥ずかしい。」
頬を淡いピンクに染めた那津。思わず敦人はベッド脇に移り、那津を抱き寄せた。
「先輩が言ってた。行方不明なら3年で離婚訴訟で別れられるって。」
「行方不明?誰が?」
「ヤダなあ。ダンナさんの茂男さんが行方不明って那津さんが言ったんだよ。」
「ええ?そうだったっけ?ごめんなさい。」
茂男さん、行方不明なんだ。
那津は苦笑いしながらふと思った。
「先輩が相談にのってくれるって。だからまずは体を治そう。早く元気になって。」
うん、那津は敦人の胸にもたれかかった。
成瀬と合流した今田は病院の駐車場に止めた車に乗った。
「成瀬、なんか浦原那津から聞き出せたか?」
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