第48話 こぼれ落ちた幸せ⑫
那津はこの週末から毎週末帰省することになった。帰省して母のワガママをきく。いつもより美味しい食事を用意し、トイレが近いのにオムツをしない母をトイレに連れて行くために夜もあまり眠ることができない。少しずつ浦原への借金も返済しなければならない。疲労がたまる上に貯金が目に見えて減っていく。正行との逢瀬もぐっと減ってしまった。
そんな中、久しぶりに正行から呼び出された。
「那津!」
駅の改札口に立つ那津を見つけ、運転する車の窓から正行が叫んだ。振り向いた那津の目の下にはクマ。ツヤの無い髪に少しやつれたように見える頬。小さく手を振ってやって来た那津は正行の隣、助手席に乗り込んだ。会話が弾まないまま二人は近くのファミレスに入った。
正行はパスタを食べ終わり、ドリンクバーのコーヒーを取ってきた。那津は先に食べ終わり、カフェオレを飲んでいる。
「那津、疲れてるね。お母さん、どんな感じ?」
「週末、アタシが行くからどうにかヘルパーさんとやってる感じ。でもヘルパー代も高くて、もう、貯金がもたないの。実家に帰るしかなさそう。」
うつむいた那津は弱々しく笑った。
正行はしばらく那津を見つめた。そして視線を落とし、つぶやいた。
「…那津、お母さんと縁を切ることはできないか?」
正行の申し出に那津は目を見張った。
「もう、逃げるしかないよ。一緒に逃げよう。」
正行は暗い目をしてカップを見つめた。期間工から一生懸命努力して、その働きぶりが認められ、正社員になった正行。いつも前向きで明るい正行にこんな事を言わせてしまった。那津は何と言えばよいのかわからなかった。
数日後、通帳の残高を見ると、もう来月はヘルパーを頼めないのがわかった。那津は辞表を出した。アキが出勤した後、多くない荷物をまとめた那津は寮の部屋を出た。そして駅に着くとアキにメッセージを送った。
「アキ、もう貯金が無くてヘルパーを頼めなくなりました。今日、会社を辞めて実家に帰ります。今まで本当にありがとう。」
送信するとスマホの上に涙が落ちた。目元を指先で拭った那津はバッグにスマホを入れた。
電車を乗り継ぎ、東京駅に着いた那津は再びスマホを取り出した。スマホにはアキからメッセージが届いていた。
「那津、早まっちゃダメ。正行さんみたいないい人を手放しちゃダメ!もう一度考え直して!」
アキ、ありがとう。でももう無理。
正行さんをアタシのために不幸には出来ないの。
どうしようもないの。
鎮めていた涙がまた浮かんでくる。那津は逡巡していた気持ちを断ち切るように今度は正行にメッセージを打った。
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