第45話 こぼれ落ちた幸せ⑨

「那津、もうお母さんを家に連れてってあげて。病み上がりなんだから。」

うなずいたものの何度も正行の方を振り返り、那津は車を出した。


「やっと帰ったか、とんでもない奴だ。」

もも子はホッとしたように体を車に預けた。

「アタシも明日、帰るから。」

「何いってんの?ああ、そうか!退職の手続きをするんだね。退職金が入ったらすき焼き食べたいな。病院のご飯なんてショボくて食えたもんじゃなかった。」

憎々しげにもも子を見る那津のまなざしに気づかずもも子は嬌声を上げた。


 ヘルパーとの打ち合わせを終えた那津は、次の朝、文句タラタラのもも子を置いて工場のある街に帰った。仕事が終わり、スマホを見ると正行からメッセージが。待ち合わせの店に先に来ていた正行は那津を見つけると大きく手を振った。


「正行さん、昨日はごめんなさい。」

那津は膝に頭をつけんばかりにして深々と謝った。

「そんなこと、もういいよ。それよりこれからどうしようか。」

那津には高校の時に借りた奨学金の返済もある。さらに今回の借金と月々のヘルパー代。結婚して甘い新婚生活なんて遥か彼方に行ってしまった気がした。正行の顔がどんどん暗くなっていく。那津は泣きそうになった。

「僕は信頼できる先輩に相談してみようと思う。那津も誰か相談してみて。」

那津はうなずくしかできなかった。


 暗い顔をして那津が寮に戻るとアキが待っていた。

「お母さん、どうだった?」

心配そうにのぞきこむアキ。那津はアキにしがみついて泣きじゃくった。

那津から話を聞いたアキはただため息をつくしかなかった。だがしばらく無言だったアキは急に真面目な顔をして那津を見つめた。


「ねえ、怒らないで聞いて。正行さんと駆け落ちしたら?そんな借金、返せないじゃん。」

「駆け落ちなんて!アタシのせいで正行さんに会社やめさせるなんてできないよ。」

「まあ、そうだよね。」

アキもガックリと肩を落とした。


 その時、那津のスマホが鳴った。ヘルパーの派遣会社からだった。那津が電話に出ると困りきったスタッフの声がした。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る